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神奈川県 横浜市

伊勢山皇太神宮は、明治3年に創建された、横浜の守護神とされる神社です。横浜の丘の上に位置し、港を見下ろす絶景が広がります。横浜総鎮守として、また関東のお伊勢さまとして、広く崇敬を集めています。

伊勢山皇太神宮の創建は、横浜が日本一の貿易港として急速に発展していた明治時代の始めにさかのぼります。当時の神奈川県知事である井関盛艮は、急速な近代化・西洋化の流れの中でも、横浜の人々が日本の国柄を見失わないようにと考え、国家を鎮護する天照皇大神を祀る神殿を築くことを決定しました。

創建にあたっては、五日間にわたる盛大な祝祭が行われ、その総費用は驚くことに15万両にものぼりました。また、このお祭りをきっかけにしてアイスクリームが世に広まったことでも知られています。

伊勢山皇太神宮は、神奈川県宗社として位置づけられており、創建から僅か一年余りで、諸国の伝統ある大社と並ぶ社格となりました。かつては、神社の例祭日である5月15日が横浜の祝日とされ、市を挙げてお祝いが行われていました。

御祭神である天照皇大神は、太陽をつかさどる女神であり、日本の国土を創造した伊邪那岐命が生まれた際に、その左目から誕生しました。天照皇大神は皇室のご祖先であり、日本人の総氏神とされています。

現在の伊勢山皇太神宮の本殿は、平成30年の秋に竣工されたもので、これまでに3代目となっています。この本殿は、かつて伊勢神宮の内宮・皇大神宮の西宝殿として使われていたもので、平成25年の秋まで伊勢神宮にあったものが譲渡され、伊勢山皇太神宮に移築されました。このように重要な社殿を伊勢神宮から賜ったことは、伊勢山皇太神宮だけでなく、横浜にとっても大変な栄誉といえます。

伊勢山皇太神宮の御祭神である天照皇大神は、いにしえに伊勢神宮より勧請されたと伝わります。永い時を越え、その御神霊が再び伊勢の社殿へと鎮座されたのです。真に関東のお伊勢さまにふさわしい姿となりました。

本殿の建築様式は、「神明造」と呼ばれる古代の建築様式が今に伝えられています。天高くそびえる千木と、六本の堅魚木が置かれた棟木、茅葺の屋根を社殿の左右から棟持柱が支える構造となっています。まさに神代の神殿の再現といえるでしょう。

建て替え前の旧本殿は、解体修繕の後に東日本大震災で被災された宮城県石巻市の鹿島御児神社へ譲渡され、新たな本殿として生まれ変わっています。

伊勢山皇太神宮は、横浜の歴史とともに歩み、見守り続けてきた神社であり、現在も多くの人々から崇敬を集めています。関東のお伊勢さまとして、これからも横浜の発展と繁栄を見守り続けることでしょう。伊勢山皇太神宮を訪れる際は、その歴史と由緒に思いを馳せながら、横浜の象徴としての存在を感じてみてください。

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