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2026年8月13日の午後。車を走らせて、広島県福山市新市町にある素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)へ向かいました。空はよく晴れていたものの、真夏のこの時期にしては、それほど暑さを感じない一日でした。

境内に入ると、私以外に人の姿はありませんでした。お盆の時期の午後、聞こえてくる音もほとんどなく、あたりはただ静けさに包まれています。茅の輪くぐりや祇園信仰の発祥の地と伝わる古社で、誰にも急かされずにゆっくりとお参りできた、贅沢な時間でした。

先に、この記事の要点をまとめておきます。

  • 素盞嗚神社は広島県福山市新市町戸手に鎮座する古社で、吉備津神社と並んで「備後国一宮」を称しています
  • 『備後国風土記』逸文の蘇民将来伝説に登場する「疫隈國社(えのくまのくにつやしろ)」とされ、茅の輪くぐりの発祥の地と伝えられています
  • 地元では「戸手の天王さん」と呼ばれ、祇園信仰・祇園祭の源流ともいわれています
  • 私が訪れた夏の午後は参拝者がおらず、約20分ゆっくり参拝。御朱印は御朱印帳に手書きでいただきました
  • 参拝者用の無料駐車場があり、JR福塩線・上戸手駅からも徒歩約3分です

素盞嗚神社とは?知っておきたい3つのポイント

吉備津神社と並ぶ「備後国一宮」

備後国(現在の広島県東部)の一宮としては、一般に福山市新市町宮内の吉備津神社がよく知られています。一方で、素盞嗚神社も「備後國一の宮」を称しており、備後には一宮を名乗る神社が2社あることになります。両社の距離は約2km。同じ新市町の中にあるので、続けて巡りやすい位置関係です。

素盞嗚神社は、『延喜式神名帳』に記された「深津郡一座 須佐能袁能神社」にあたるとされる式内社です。社伝では天武天皇の御代(673〜686年)に創祀され、醍醐天皇の御代に再建されたと伝えられています。また、備後三祇園の一社にも数えられています。

茅の輪くぐり発祥の地「疫隈國社」と蘇民将来伝説

素盞嗚神社を語るうえで欠かせないのが、蘇民将来(そみんしょうらい)の伝説です。

奈良時代のはじめに編纂された『備後国風土記』の逸文には、こんなお話が残されています。北の海にいた武塔神(むとうのかみ)が、南の海の女神のもとへ向かう途中で日が暮れ、一夜の宿を求めました。裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は宿を貸しませんでしたが、貧しい兄の蘇民将来は快く迎え入れ、粟のご飯でもてなしたといいます。

年月が経ち、再び立ち寄った神は自らをスサノオと名乗り、後の世に疫病が流行っても、茅の輪を腰につけた蘇民将来の子孫は災いを免れると約束しました。これが、今では全国の神社で行われている茅の輪くぐりの起こりとされています。

そして、この逸文に登場する「疫隈國社」こそが、戸手の素盞嗚神社だとされているのです。さらに境内そのものが、宿を断った巨旦将来の屋敷跡と伝わっている点も印象に残ります。なお、疫隈國社は本殿ではなく、境内の摂社である蘇民神社・疱瘡神社のことだとする説もあります。

祇園信仰・祇園祭の源流ともいわれる神社

素盞嗚神社は、祇園信仰の発祥の地ともいわれています。神社の年表によると、天平6年(734年)、唐から帰国した吉備真備が、備後から素盞嗚命の神霊を播磨の広峰へ勧請したとされています。さらに新市町観光協会の紹介では、その後、広峯神社から平安京の祇園社(現在の八坂神社)へ牛頭天王が勧請されたと伝えられています。

かつては祇園社、天王社、江熊祇園牛頭天王社などと呼ばれていました。明治時代の神仏分離によって社名に仏教の言葉を使えなくなり、現在の「素盞嗚神社」という名前に改められています。

素盞嗚神社の御祭神とご利益

境内には本殿のほかに、蘇民将来ゆかりの摂社や天満宮がお祀りされています。

社殿御祭神主なご神徳
本殿素盞嗚尊・奇稲田姫命・八王子命厄除け、方位にまつわる守護(暦の天道神・歳徳神・八将神とされる)
蘇民神社蘇民将来疫病除け
疱瘡神社比比羅木其花麻豆美神疫病除け
天満宮菅原道真公学業成就・合格祈願

本殿の素盞嗚尊は、暦の上では吉凶すべての方位を司る「天道神」とされ、后神の奇稲田姫命は福が集まる恵方の神「歳徳神」とされています。方位や厄が気になる方にとって、心強い神社といえそうです。

実際に参拝してみた|静寂の境内でひとり向き合う時間

お盆の午後、境内には私ひとり

車で到着したのは午後のこと。参拝者用の無料駐車場があるので、車でも訪れやすい神社です。

境内に足を踏み入れて、まず感じたのは静けさでした。私以外に参拝者の姿はなく、耳に届くのは「静寂そのもの」。晴れた空の下、真夏とは思えない穏やかな空気の中で、音のない時間がゆっくりと流れていました。

古社の重みを感じた参拝

拝殿の前に立ち、誰に気をつかうこともなく、じっくりと手を合わせました。

1300年以上前に創祀されたと伝わる歴史。そして、茅の輪くぐりの起こりとなった蘇民将来の伝説の舞台とされる土地。そうしたことを思い浮かべながら向き合っていると、この場所に積み重なってきた時間の長さ、「古社の重み」がしみじみと伝わってきました。

にぎわう神社では、どうしても周りの様子に気を取られがちです。人のいない静かな境内だったからこそ、その重みを素直に受け止められたのかもしれません。

茅の輪は設置されていませんでした

素盞嗚神社では、8月に茅の輪くぐり大祓式が行われています。私が訪れた8月13日には、境内に茅の輪は設置されていませんでした。

発祥の地で茅の輪をくぐってみたい方は、行事の時期に合わせて訪れるのがおすすめです。日程は年によって変わる可能性があるので、事前に神社の公式情報で確認してください。

由緒を知るともっと楽しめる境内の見どころ

今回は20分ほどの滞在でしたが、素盞嗚神社には、由緒を知っておくとより楽しめる見どころがいくつもあります。

  • 相方城門:県道沿いに建つ門は、近くの相方城(さがたじょう)の城門を移築したものです。城主・有地氏の甥が、かつての別当寺・天王寺の僧侶だった縁で移されたと伝わります。建築様式などから16世紀末〜17世紀初めの建物と推定されています
  • 本殿:入母屋造・檜皮葺で、福山藩初代藩主・水野勝成の再建と伝わります。屋根の中央で別棟が直交し、千木が四方に配された独特の形をしています
  • 天満宮(旧本地堂):もとは神仏習合時代の本地堂で、延享5年(1748年)に再建された建物です。明治の廃仏毀釈の際に天満宮へと改められ、福山市の文化財に指定されています
  • 蘇民神社・疱瘡神社:本殿の南側に建つ摂社で、蘇民将来と疫病除けの神様をお祀りしています。伝説の地ならではの、ぜひお参りしておきたい場所です

手書きでいただいた御朱印

参拝のあと、社務所で御朱印をお願いし、御朱印帳に手書きで書いていただきました。その場で直接書いていただく御朱印は、参拝したときの静かな境内の記憶とも重なって、特別なものに感じます。

項目内容
授与場所社務所
形式御朱印帳への直書き(私の参拝時)
初穂料※要確認
受付時間※要確認(情報源により「9:00〜16:00」「8:30〜17:00」と記載が異なります)

祭礼の期間中などは、書き置きでの対応になることもあるようです。手書きでいただきたい方は、行事のない日に訪れると安心かもしれません。

同じ日には、吉備津神社などにも参拝しました。備後の一宮を名乗る2社を続けてお参りできるのは、新市町ならではの楽しみ方です。

素盞嗚神社の年間行事

時期行事
1月元旦祭
2月節分祭(豆まき)
5月蘇民神社・疱瘡神社祭
7月例大祭(祇園祭)
8月茅の輪くぐり大祓式
10月天満宮例祭・合格祈願祭
11月七五三祭
12月大晦日年越祭

7月の祇園祭は3日間にわたって行われます。最終日には三体の神輿が境内に入り、時に勇壮にぶつかり合う「けんか神輿」が見どころです。祭りのあとには、吉備津神社の宮司が素盞嗚神社に参拝し、一切言葉を交わさずに神事を行う「無言の神事」も伝えられています。2つの一宮のつながりを感じられる、興味深い風習です。

素盞嗚神社参拝のよくある質問

備後国一宮は吉備津神社と素盞嗚神社のどちらですか?

一般に備後国一宮としては吉備津神社が知られていますが、素盞嗚神社も「備後國一の宮」を称しています。両社は約2km離れた同じ新市町内にあるため、あわせて参拝する方も多いです。

参拝の所要時間はどれくらいですか?

私の場合は約20分でした。城門や天満宮、摂社までじっくり見て回るなら、30分ほどみておくと安心です。

駐車場はありますか?

参拝者用の無料駐車場があります。公式サイトによると、第一鳥居北側の南列(8台)、社務所北側(16台)、神谷川橋東詰交差点横(大型バス優先)の3か所です。

茅の輪くぐりはいつできますか?

8月に茅の輪くぐり大祓式が行われています。8月13日の参拝時には茅の輪はなかったので、くぐりたい方は事前に日程を確認してから訪れてください。

素盞嗚神社の基本情報・アクセス

項目内容
名称素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)
通称戸手の天王さん、祇園さん
所在地広島県福山市新市町戸手1-1
電話0847-51-2958
御祭神素盞嗚尊・奇稲田姫命・八王子命
拝観料無料
社務所※要確認(情報源により記載が異なります)
電車JR福塩線「上戸手駅」から徒歩約3分
バス福山駅前から中国バス「府中行」で「上戸手(寺岡記念病院前)」下車、徒歩約5分
車山陽自動車道・尾道北IC、福山SAから約25分、福山東ICから約30分
駐車場参拝者用無料駐車場あり

まとめ|伝説の地で、静かに古社と向き合う

素盞嗚神社は、茅の輪くぐりや祇園信仰の源流とされる、備後国一宮の古社です。私が訪れた8月13日の午後は、ほかに参拝者がおらず、静寂の中でゆっくりとお参りできました。派手さよりも、1300年以上の時間が積み重なった「古社の重み」をじんわりと感じられる神社です。

御朱印を手書きでいただけたのも、うれしい思い出になりました。吉備津神社とあわせて、備後の2つの一宮を巡る旅に、ぜひ組み込んでみてください。

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