【備後一宮】吉備津神社(福山市)参拝記|朱色の本殿と十二神社、手書き御朱印2種
2026年8月13日の午後。同じ備後国一宮である素盞嗚神社にお参りしたあと、そのまま車で吉備津神社へ向かいました。空はよく晴れていましたが、8月にしてはそれほど暑さを感じない、参拝にはありがたい日でした。
※内部リンク候補:素盞嗚神社(備後国一宮)の参拝記事
備後国には「一宮」と呼ばれる神社が2社あります。そのひとつが、地元で「一宮(いっきゅう)さん」と親しまれている吉備津神社です。境内に着くと、参拝している方は数組ほど。にぎやかすぎず、かといって寂しすぎることもない、ほどよい静けさの中でお参りすることができました。
この記事では、実際に参拝して感じたことを中心に、吉備津神社の歴史やご利益、奥に鎮座する十二神社、そして手書きでいただいた2つの御朱印についてご紹介します。

備後一宮・吉備津神社はこんな神社(要点まとめ)
はじめに、吉備津神社のポイントを簡単にまとめておきます。
- 所在地:広島県福山市新市町宮内
- 社格:備後国一宮、旧国幣小社、現在は神社本庁の別表神社
- 創建:大同元年(806年)、備中の吉備津神社から勧請されたと伝わります
- 主祭神:大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)
- ご利益:開運招福、厄除け、交通安全、長寿など
- 見どころ:朱色が美しい国の重要文化財の本殿、本殿前で直接お参りできる構造、大願成就の十二神社、御池と厳島神社
- 愛称:一宮(いっきゅう)さん
吉備津神社(福山市)とは?
806年に備中から勧請された備後国一宮
吉備津神社は、大同元年(806年)に備中国の吉備津神社から勧請されたと伝えられる古社です。古代、現在の岡山県から広島県東部にかけては「吉備国」と呼ばれる大きな国でした。その後、吉備国は備前・備中・備後などに分かれ、それぞれの国に吉備津彦命をお祀りする一宮が置かれました。
御祭神の大吉備津彦命は、備後開拓の神様として信仰されてきました。現在は開運招福や厄除け、交通安全、長寿の神様として、地元はもちろん遠方からも多くの方がお参りに訪れています。
社殿は何度か焼失と再建を繰り返してきましたが、江戸時代初めの慶安元年(1648年)、福山城を築いた初代福山藩主・水野勝成公によって現在の本殿が再建されました。


岡山の吉備津神社との違い
「吉備津神社」と聞いて、岡山市の吉備津神社を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。名前は同じですが、別の神社です。違いを表にまとめました。
| 項目 | 吉備津神社(広島県福山市) | 吉備津神社(岡山県岡山市) |
|---|---|---|
| 一宮 | 備後国一宮 | 備中国一宮 |
| 主祭神 | 大吉備津彦命 | 大吉備津彦命 |
| 関係 | 備中の吉備津神社から勧請(806年と伝わる) | 勧請元にあたる神社 |
| 本殿 | 慶安元年(1648年)再建、国の重要文化財 | 本殿・拝殿が国宝 |
| 特徴 | 本殿前で直接お参りできる独立した構造 | 全長約400mの長い回廊が有名 |
ちなみに、備前国の一宮は岡山市の吉備津彦神社です。備前・備中・備後の吉備津三社をめぐる参拝も人気があります。
二つの随神門をくぐって社殿へ
吉備津神社には、下随神門と上随神門という二つの随神門があります。随神門が二つある神社は全国的にも珍しいそうです。門をくぐり、石段を上がった高台に社殿が並んでいます。

朱色が美しい本殿
石段を上がって目に飛び込んできたのが、本殿の朱色でした。とにかく色が鮮やかで、とても綺麗な朱色。この日いちばん心に残った景色です。
この本殿は、慶安元年(1648年)に水野勝成公が再建したもので、昭和40年(1965年)に国の重要文化財に指定されています。桁行七間・梁間四間の入母屋造で、全国でも有数の大きさを誇ります。正面には千鳥破風と軒唐破風が付いていて、桃山時代風の華やかさがあります。
私が特に心ひかれたのは、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根でした。ヒノキの樹皮を幾重にも重ねた屋根は、しっとりと落ち着いた質感で、鮮やかな朱色の柱や壁とよく調和しています。本殿は令和の大遷宮で屋根の葺き替えや塗装の修理が行われ、令和4年(2022年)に遷座祭が執り行われています。

本殿の前で直接お参りできる珍しい構造
多くの神社では拝殿と本殿が連結していて、参拝者は拝殿の前でお参りします。一方、こちらの吉備津神社は拝殿・幣殿と本殿が連結しておらず、本殿の前で直接お参りできる珍しい構造です。「一宮さん」と身近な存在として親しまれてきた理由のひとつかもしれません。
拝殿は本殿の一段下に独立して建っています。本殿と同時期に造営された建物で、福山市の重要文化財に指定されています。四方に腰板があるだけの開放的なつくりで、屋根は緑青色の銅板葺きです。朱色の本殿とは見た目がかなり違うので、参拝の際は見比べてみてください。
私も現地では、目の前の朱色の建物を拝殿だと思ってお参りしていました。実は本殿だったと知ったのは、帰ってから調べたときです。これから参拝する方は、朱色の社殿こそが国の重要文化財の本殿だと知っておくと、より味わい深くお参りできると思います。




石段の上の十二神社へ
本殿の奥、石段を上った先に鎮座しているのが十二神社です。吉備津神社の奥社にあたるお社で、こちらにもお参りしました。
十二神社には、吉備津彦命の御一族と大名持神(おおなもちのかみ、大国主命)がお祀りされています。古くから大願成就の神様として知られ、3日間、7日間、21日間と「願」をかけてお願いすると、物事が解決に向かうと言い伝えられています。厄除けの神様としても信仰を集めています。
十二神社へ続く参道の両脇には、十二支の石像が並んでいます。神社の名前から「十二支を祀っているのかな?」と思ってしまいそうですが、実際の御祭神は吉備津彦命の御一族です。十二支がずらりと並ぶ光景は、ほかの神社ではなかなか見られないもので、とても印象に残る参道でした。





御池と厳島神社
吉備津神社の入口近く、一の鳥居の外側には御池があり、その池に厳島神社がお祀りされています。山に囲まれた土地にある池で、池に浮かぶようにお祀りされた厳島神社の姿がとても印象に残りました。水面に朱色の社や木々が映り込む景観は、地元の観光協会でも見どころとして紹介されています。
新市町観光協会によると、室町時代の御池には3つの浮島があり、そのひとつには三重塔が建っていたそうです。いまは残っていませんが、往時の姿を想像しながら眺めると、また違った味わいがあります。


手書きでいただいた2つの御朱印
御朱印は、持参した御朱印帳に手書きでいただきました。いただいたのは次の2つです。
- 吉備津神社の御朱印
- 十二神社の御朱印
最近は書き置き対応の神社も増えていますが、こちらでは御朱印帳に直接書いていただけました。御朱印帳に同じ日の素盞嗚神社と並んで、備後国の二つの一宮の御朱印がそろったのも、うれしいポイントです。
御朱印は、山門近くの社務所でいただけます(※要確認:授与場所)。初穂料や受付時間は時期によって変わる可能性があるため、参拝前に神社へ確認しておくと安心です。


参拝の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 備後一宮 吉備津神社(びんごいちのみや きびつじんじゃ) |
| 住所 | 広島県福山市新市町宮内400 |
| 電話 | 0847-51-3395 |
| 主祭神 | 大吉備津彦命 |
| 例祭 | 11月23日前後 |
| 電車 | JR福山駅から福塩線で新市駅下車(約40分)、新市駅からタクシーで約5分 |
| 車 | 福山東IC・福山西ICからそれぞれ約25分、尾道北ICから約20分 |
| 駐車場 | 約200台 |
| 社務所受付 | 8:30〜17:00(※要確認) |
新市駅からはバスの便数が少ないため、電車で行く場合はタクシーの利用が便利です。私は素盞嗚神社から車で移動しました。2社はほど近い距離にあるので、車ならまとめてお参りしやすいです。



よくある質問
吉備津神社(福山)のご利益は?
開運招福、厄除け、交通安全、長寿などのご利益で知られています。境内の十二神社は大願成就・厄除けの神様として信仰されています。
福山の吉備津神社と岡山の吉備津神社は同じ神社ですか?
別の神社です。福山の吉備津神社は備後国一宮、岡山の吉備津神社は備中国一宮で、福山の吉備津神社は806年に岡山の吉備津神社から勧請されたと伝わります。
御朱印は何種類いただけますか?
私が参拝した日は、吉備津神社と十二神社の2種類を御朱印帳に手書きでいただきました。限定御朱印が頒布される時期もあるようなので、最新情報は神社にご確認ください。
備後国一宮は吉備津神社だけですか?
備後国には一宮とされる神社が2社あり、もうひとつは同じ新市町にある素盞嗚神社です。ほど近い距離にあるので、2社をあわせてお参りするのがおすすめです。
まとめ
8月13日、素盞嗚神社に続いて参拝した備後一宮・吉備津神社。晴れた空の下で見た本殿の鮮やかな朱色としっとりとした檜皮葺の屋根、十二支の石像が並ぶ十二神社への参道、そして静かな御池と厳島神社。どれも心に残る風景でした。
参拝者は数組ほどで、落ち着いて一つひとつの社殿と向き合えたのもよかった点です。手書きでいただいた2つの御朱印を見返すたびに、あの日の朱色を思い出します。
福山を訪れる機会があれば、ぜひ素盞嗚神社とあわせて、備後国の二つの一宮をめぐってみてください。

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