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2025年9月14日、北海道・札幌市南区にある真駒内滝野霊園を訪れました。
前日の雨が嘘のように晴れ渡り、青空が広がっていました。乾いた風に少しだけ秋の気配が混じる、心地よい秋晴れの一日でした。

実は、今回ここを訪れたのには特別な理由があります。
今年7月、大阪で開催されていた「安藤忠雄展 青春」で、建築家・安藤忠雄氏の思想や作品群に触れ、「いつか必ず自分の目で見てみたい」と強く感じた建築が、この真駒内滝野霊園の「頭大仏」だったのです。

あの日から約2か月。念願が叶った訪問は、まさに期待を裏切らない、いや、それ以上の体験となりました。

霊園を彩るモアイ像たちの存在感

霊園の正門を抜けると、まず目に飛び込んでくるのが33体もの巨大なモアイ像です。
高さ9メートルを超えるものから6メートル台のものまで並び、その迫力は圧巻。まるでイースター島の世界に迷い込んだかのような異国情緒を放っています。

「モアイ」は“未来に生きる”を意味するとされ、ここでは祖先を祀る象徴として立てられているそうです。霊園というとどうしても重苦しいイメージを抱きがちですが、この広々とした空間とユニークなモニュメントが、むしろ来る人の心を軽くしてくれるようでした。

そして視線を先に向けると、ストーンヘンジを模した石環が姿を現します。永代供養墓としての役割を持ちながら、古代の神秘を現代の大地に呼び込むようなスケール感。異世界の入り口を思わせる光景に、思わず足が止まりました。

「頭大仏殿」へのアプローチ

いよいよお目当ての「頭大仏」へ。
この大仏はもともと高さ13.5メートルの石像として存在していましたが、それを包み込むように、安藤忠雄氏が設計したドーム型の空間「頭大仏殿」が築かれました。

最大の特徴は、丘のように盛られた大地の中央にドームがあり、その頂部に円形の穴が空いていること。その穴から、仏の頭部だけが空を背景に顔を出すのです。

参拝のプロセスも特別です。
まずは水庭を抜け、静かな水面に空が映り込む景色を眺めながら心を整えます。続いて、長さ40メートルほどのトンネルに足を踏み入れます。ひんやりとした暗闇、遠くに見える光。進むごとに徐々に明るさが増し、そしてトンネルを抜けた瞬間、視界が一気に開けます。

そこに現れるのが「頭大仏」。青空を額縁のように切り取るドームの円孔から、穏やかな表情の大仏が顔を覗かせる姿は、言葉を失うほどの迫力でした。

頭大仏に込められた安藤忠雄の思い

真駒内滝野霊園にはもともと、青空の下にぽつんと立つ大仏がありました。しかし当初の姿は「大きいけれど、広い空間の中で浮いて見えてしまう」という課題を抱えていたのです。

そこで設計を依頼された安藤忠雄氏は、「ただ立っている大仏をどうやって意味ある存在に変えるか」を考えました。その答えが「大仏を覆い隠し、頭だけを見せる」という大胆な発想でした。

丘の中に大仏を包み込み、参拝者がトンネルを通って内部に入ることで、外から見えなかった全身と向き合う。さらに、ドーム上部の開口部から頭部だけを空に浮かび上がらせる。
この演出によって、大仏は単なる巨大な像ではなく、「光と空を背負う象徴」へと生まれ変わったのです。

安藤氏自身も「人々に仏と自然、そして自分自身との対話を体験してほしい」と語っており、頭大仏はまさに“包むことで際立たせる”という逆説的なデザインの結晶といえます。

安藤忠雄建築の真髄を体感

展覧会で感じた安藤忠雄氏の建築哲学が、この場所では鮮やかに実体化しています。

  • 光と影の演出
     暗いトンネルを抜けて光に包まれる構成は、まさに「闇から光へ」の体験。仏をただ置くのではなく、そこに至る過程自体を祈りの儀式に変えてしまう。
  • 自然との融合
     ラベンダー畑に囲まれた丘は、夏には紫の絨毯となり、秋には紅葉が彩りを添える。建築は自然を拒まず、むしろ季節ごとにその表情を借りて完成する。
  • 心の準備を促す参道性
     正門からモアイ像、ストーンヘンジ、水庭、トンネル、そして大仏へ。一直線にたどり着くのではなく、段階を踏むことで心を整え、最後に最高の瞬間を迎える。その演出はまさに「建築が語るストーリー」でした。

この空間に立ち尽くしたとき、展覧会で見た模型やスケッチが頭をよぎりました。しかし、それ以上に「生きた建築」としての力を強く感じました。風が吹き、雲が流れ、太陽が傾くたびに、大仏の表情も背景の空も変わっていく。まさに“その瞬間だけの建築”でした。

季節ごとに変わる景観

今回は秋の始まりでしたが、夏にはラベンダーが咲き誇り、冬には一面の雪景色が大仏を包み込むといいます。
特に冬、雪原に浮かぶ頭大仏は幻想的で「まるで異世界の入口」と評されることもあるとか。四季折々に異なる顔を見せるのも、この建築の大きな魅力です。

訪れる際に役立つ情報を整理しました。

項目内容
拝観料大人500円(小学生以下無料)
開園時間4月~10月 9:00~16:00/11月~3月 10:00~15:00
休園日年末年始(12/29~1/3)
アクセス(公共交通機関)地下鉄南北線「真駒内駅」から中央バス「滝野霊園前」下車、徒歩すぐ(所要約25分)
アクセス(車)札幌中心部から約40分、無料駐車場あり(約1,000台収容可能)
所要時間ゆっくり回って1時間半~2時間程度
見どころ頭大仏殿、水庭、モアイ像、ストーンヘンジ、観音像、ラベンダー畑

周辺おすすめスポット

滝野すずらん丘陵公園
 四季折々の花が楽しめる国営公園。春のチューリップ、夏のラベンダー、秋の紅葉、冬のスキーと一年を通じて魅力満載。

札幌芸術の森
 野外美術館や工房が点在するアートと自然の複合施設。頭大仏との組み合わせで、建築とアートの旅がさらに深まります。

支笏湖温泉
 霊園から車で約1時間。透明度抜群の湖畔で温泉に浸かりながら、大自然を満喫できます。

訪れて感じたこと

頭大仏を前にして強く思ったのは、「建築はただ見るものではなく、体験するものだ」ということでした。
展覧会で惹かれた理由が、この訪問で完全に腑に落ちた気がします。

モアイ像やストーンヘンジといった遊び心あるモニュメントに迎えられ、最後に静謐で荘厳な大仏に出会う。まるで旅そのもののようなプロセスが、この霊園全体に組み込まれているのです。

そして何より、青空に映える「頭大仏」の姿は、心に深く刻まれるものでした。建築と自然、そして祈りの心。その三つが重なり合うことで生まれる「場の力」に、心から感動しました。

まとめ:訪れる価値のある場所

真駒内滝野霊園の「頭大仏」は、安藤忠雄建築の集大成ともいえる場所。
光と影、自然と人工、時間と記憶──その全てを体験できる稀有な空間です。

建築に興味がある人はもちろん、静かな場所で心を落ち着けたい人、そして北海道の新しい魅力を探している人にも、ぜひ訪れてほしいと思います。

この日、私は確信しました。
ここは、ただの霊園でも観光地でもなく、「人生に一度は訪れるべき建築体験の場」だと。

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