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2025年10月4日、土曜日。
生憎の雨模様の東京・赤坂。
けれどその夜、雨粒が作り出した光の反射が、迎賓館赤坂離宮をいっそう幻想的に輝かせていました。

◆ 迎賓館赤坂離宮とは

迎賓館赤坂離宮(げいひんかん あかさかりきゅう)は、明治42年(1909年)に東宮御所として建設された、日本唯一のネオ・バロック様式の宮殿建築です。
設計は、日本の近代建築を代表する建築家・片山東熊。ヨーロッパの宮殿建築を参考にしながらも、日本の伝統技術を随所に取り入れた壮麗なデザインで知られています。

戦後は国の迎賓施設として利用され、1974年には「迎賓館赤坂離宮」として再整備。
現在では、外国の国王・大統領などを迎える公式行事に使用される一方、一般公開やライトアップイベントなどを通じて多くの人がその美しさを体感できるようになりました。

正面玄関のバルコニー、天井の漆喰装飾、広大な中庭、そして噴水庭園──。
どれもが細部まで計算された美の結晶であり、国宝としての格式を保ちながらも、時代を超えて人々を魅了し続けています。

ライトアップデーは、その荘厳な建築を夜の光が包み込む、年に数回しかない特別な日。
光と影が織りなすその景観は、昼間とは全く異なる幻想的な表情を見せてくれるのです。

◆ 二度目のライトアップデーへ

このライトアップを訪れるのは、今回が二度目。
前回は2022年のゴールデンウィーク、まだ日中の穏やかな空気が残る頃でした。
その時は国宝の噴水を見ることが叶わず、次こそは という想いを胸に、再び赤坂の門をくぐりました。

到着したのは17時少し前。
既に人の列ができており、スタッフの方から「入場まで70分待ち」とのアナウンス。
雨の中で傘の列が続き、静かに期待とざわめきが入り混じるあの独特の雰囲気。
それでも誰一人として帰ろうとせず、皆、光に包まれる時間を待っていました。

◆ 雨が描いたもうひとつの迎賓館

夕暮れとともに、迎賓館の白い外壁がゆっくりとライトアップに染まり始めます。
雨に濡れた石畳がその光を映し出し、まるで宮殿が上下反転したかのような世界。
足元には黄金色の反射が広がり、傘の向こうでは宝石のような輝きが瞬いていました。

普段はどこか荘厳で近寄りがたい印象の迎賓館も、この夜ばかりは柔らかく、優しく人々を迎え入れてくれるよう。
雨音とライトのコントラストが、静寂の中に心地よいリズムを刻んでいました。

◆ 噴水への想い ― 間に合わないと思っていた時間

実は、この日最大の目的は「国宝・噴水」。
前回見逃したその景色を、どうしても見たかったのです。
ただ、案内では「噴水エリアの観覧は18時まで」との表示。
時計を見ると、すでに17時20分を過ぎ、列はまだゆっくりとしか進んでいません。

「これは間に合わないかもしれない」
そう思いながらも、列の先に見える光の屈折が、希望のように揺れていました。

そして──
実際に入場できたのは、17時45分頃。
夜の帳が完全に降り、雨が一段と細やかに降り注ぐ中、目の前に広がったのは夢のような光景でした。

◆ 雨と光が奏でる幻想 ― 噴水の輝き

ライトに照らされた噴水は、まるで時間を忘れたかのように静かに躍動していました。
白い水しぶきが光を受けて銀色に輝き、雨粒と溶け合いながら空へと舞い上がる。
背景の迎賓館はライトアップによって黄金色に包まれ、空気全体がやわらかな輝きを帯びています。

水面に映る宮殿の姿。
雨のせいで霞がかかったような光の輪郭。
そのすべてが、この夜だけの特別な演出のように感じられました。

傘越しに眺めたその瞬間、思わず息を呑むほどの美しさ。
「間に合ってよかった」――そう心の底から思いました。
前回の心残りが、三年越しで静かに報われたような気がしました。

◆ ミニオペラが満たす迎賓館の夜

ライトアップが始まった迎賓館の前庭では、この夜、il Regalo(イル レガーロ)による生演奏が行われていました。
男女のオペラ歌手が登場し、雨音に溶け込むように静かに歌い始めると、空気が一瞬で変わりました。

重厚な石造りの宮殿を背景に、澄んだソプラノと深みのあるテノールが響き渡り、
光に包まれた庭全体がまるで舞台のように感じられます。
傘の下で立ち止まる人々も息をのむように聴き入り、
音楽と光、そして雨がひとつになって、幻想的な時間をつくり出していました。

それは、ただのライトアップではなく
まるで迎賓館そのものが“ひとつのオペラ”を演じているような、特別な夜でした。

◆ 雨の日だからこそ見えたもの

晴天の日のライトアップはもちろん美しい。
けれど、この日のように雨が降ると、光は地面にも映り込み、世界が二倍に広がります。
特に迎賓館のような石造りの建築では、光が石の凹凸に反射して、まるで建物が呼吸しているように見えるのです。

傘を差しながら見上げるライトアップは、雨粒を透過して柔らかく揺らめき、
濡れた空気がレンズのように光を散らしてくれる。
カメラでは捉えきれない、肉眼だけの美しさがありました。

そして、雨が降ることで人の足音や声も少し抑えられ、全体が静寂に包まれます。
その静けさの中に響く噴水の音は、まるで迎賓館そのものが語りかけてくるようでした。

◆ 夜の帳とともに ― 帰路にて

観覧を終えて外に出ると、時刻は19時30分を回っていました。
四ツ谷の街に戻ると、迎賓館の光は少しずつ遠ざかり、雨の夜空に淡く滲んでいきます。
その余韻は、まるで夢の中にいたかのよう。

前回訪れた2022年の春とは全く違う印象。
季節も天気も違うだけで、これほどまでに景色が変わるのかと、改めてその場所の奥深さを感じました。
迎賓館はただの建築物ではなく、「時間」と「光」と「自然」が織りなす一夜限りの舞台。
その主役は、きっと訪れた私たち一人ひとりなのかもしれません。

◆ また次の季節に

帰り際、ふと門の前で振り返りました。
霧雨の中、淡く輝くライトに照らされた宮殿が、まるで微笑むように静かに佇んでいました。
次は春の桜の頃に訪れてみよう。
その時はまた違う光景が迎えてくれるに違いありません。

2025年10月の雨の夜。
濡れた石畳に映る光と、静かに響く噴水の音。
あの日の迎賓館は、今も心の中で静かに輝き続けています。

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