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万華鏡のように世界が反復し、自己が溶け出していく。草間彌生の芸術を象徴する「無限」と「反復」の感覚を、凝縮された空間に体験として結晶させた展覧会が、大阪・心斎橋のエスパス ルイ・ヴィトン大阪で開催中です。タイトルは「INFINITY ― Selected Works from the Collection」。ルイ・ヴィトン財団(Fondation Louis Vuitton)が世界各都市のエスパスでコレクションを紹介する“Hors-les-murs(壁の外)”プログラムの一環として企画され、2025年の大阪・関西万博の時期に合わせて公開されています。

基本情報

  • 会期:2025年7月16日(水)~2026年1月12日(月・祝)
  • 開場時間:12:00~20:00
  • 会場:エスパス ルイ・ヴィトン大阪(ルイ・ヴィトン メゾン 大阪御堂筋 5F)
  • 所在地:大阪市中央区心斎橋筋2-8-16
  • 料金:無料
  • アクセス目安:大阪メトロ御堂筋線「心斎橋」駅4B出口より徒歩約3分

展覧会の核:初期から近作までを貫く「無限」のアーク

本展の構成は、草間が1960年代のニューヨークで国際的に頭角を現した時期から現在に至るまでの仕事を、年代のアーク(弧)としてなぞるもの。絵画、立体、環境、詩を横断しながら、一貫して「自己消滅(self-obliteration)」と「宇宙的な連続性」を主題化してきた歩みを、コンパクトな会場構成のなかで立体的に示します。

なかでも中心的な位置づけとなるのが、《Infinity Mirror Room – Phalli’s Field(または Floor Show)》1965/2013。草間のインスタレーションを語るうえで不可欠な「インフィニティ・ミラールーム」の嚆矢にあたる作品で、赤い水玉を施した多数の布製ソフト・スカルプチャー(触手状オブジェ)が床一面に密生し、鏡壁がそれらを無限反復させる環境です。鏡像の増殖と水玉の反復が視覚を占拠し、床・壁・天井の境界感覚が薄れていく。「個としての私」が空間に溶け、反復の海へ拡散していく、草間の核心的体験が来場者自身の身体感覚として立ち上がります。

主要作品の見どころ

1)《Infinity Mirror Room – Phalli’s Field(1965/2013)》

  • 体験のポイント:入室後、まず視界を急激に“狭める”のではなく、ゆっくり呼吸を整えるのがおすすめ。視点を低くすると、触手状オブジェの「群れ」が波打つ地平のように見え、鏡の合わせ目に注意を向けると、空間の構造が把握しやすくなります。写真を撮る場合は、人物を画面中央ではなく端に寄せると反復の奥行きが強調されます。

2)《Great Gigantic Pumpkin(2023)》

  • 草間語彙の現在地:黄×黒のパンプキンは、草間の反復モチーフが最も親しまれている形のひとつ。新しい年代の大型作品が会場写真でも確認でき、水玉=細胞や星々の集合という草間の宇宙観が、彫刻として堂々と空間を占拠します。撮影可能な位置関係が許せば、視点を低くして曲面に沿う水玉の歪みを観察すると、平面のドローイングとは異なる「立体における反復の変調」が見えてきます。

3)《Infinity Nets》《Dots》の絵画群

  • 反復の技法:細筆で延々と網目(ネット)やドットを塗り重ねる行為の累積は、制作という時間そのものを画面に沈殿させます。近づくと筆致の揺らぎが呼吸のリズムのように見え、離れると全面のパターンが視野を覆い、規則と逸脱がせめぎ合う。ミニマリズムやポップ・アートと呼応しながらも、草間の仕事は他の誰とも交差しない“純度”を保っていることが伝わります。

4)《Every Day I Pray for Love(2023)》関連の詩とテキスト

  • 言葉による余韻:会場文脈では、詩やテキストが作品世界の“心拍”として配置されている点にも注目。視覚的体験ののちに言葉を読むと、像として捉えきれない「祈り」や「愛」が、反復の先にある救済として静かに浮かび上がります。

会場体験を上手に深めるコツ

  1. 入場のタイミング
    無料ですが、人気ゆえ混雑が想定されます。開場直後(12時台)や夕方の遅い時間帯(19時以降)は比較的スムーズな傾向。インフィニティ・ミラールームは人数制限がある場合が多いので、最初に入室待ちの列を確認しておくと効率的です。
  2. 視点の切り替え
    作品ごとに「近づく/離れる」「立つ/かがむ」を意識してみてください。平面は斜めから、立体は低い位置からの見上げで、反復のリズムが一段と実感できます。
  3. 写真の撮り方
    反復の魅力は“画面の端”に宿ります。被写体や自分を中央から外す、鏡の継ぎ目を対角線上に置く、パンプキンの曲率(曲がり具合)に沿って構図を作る——といった工夫で、無限の奥行きを写し込みやすくなります。
  4. 予習・復習
    1960年代ニューヨークでのハプニングや《ナースシューズ》《ナルシサス・ガーデン》など、同時代の出来事と結びつけて作品を見ると、草間がファッションや都市空間とも交差しながら「反復」を拡張してきた流れが腑に落ちます。

ルイ・ヴィトンと草間の連関

ルイ・ヴィトンは2012年と2023年に草間とのコラボレーションを展開し、水玉やパンプキンをモチーフにアートとファッションの越境を可視化してきました。本展はそうした関係性の延長線上にあり、ブランドの文化活動を担う財団コレクションから厳選された作品群を通じて、“アートを生活圏へひらく”という姿勢を明確に示しています。大阪では同時期にメゾンの歴史展も開催され、都市・ブランド・アートの三者が共鳴するかたちで街の文化的厚みを増している点も見逃せません。

何が新しいのか:本展の“現在性”

  • 初期~現在の“反復”を一望:初期のインフィニティ・ミラールームから近作の彫刻・テキストまで、反復の技法と意味の変奏を会期一本で俯瞰できる構成。
  • 身体で理解する「自己消滅」:鏡像とパターンの連続に身を置くことで、テキストで読むよりも早く、草間の哲学が身体感覚として腑に落ちる展示デザイン。
  • 無料・都市中心部という開放性:アートへのアクセスを広げる取り組みとしても注目。買い物や仕事帰りに立ち寄れる導線は、文化体験のハードルを下げる効果があります。

まとめ

本展は、草間彌生の長いキャリアを貫く「反復」と「無限」を、体験を中心に再配置した濃密なショーケースです。インフィニティ・ミラールームで視覚と身体がほどけ、パンプキンやネット/ドットの作品で再び“形”へ回帰する。解体と再編の呼吸が観客の内側で起こる——その循環こそが、草間の芸術が今なお新鮮で、都市の只中に置かれたときに最大の力を発揮する理由ではないでしょうか。

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