ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ 体験記|国立新美術館の全16セクションと混雑・所要時間
2026年6月14日、日曜日の昼過ぎ。乃木坂駅の6番出口から地下通路を抜けて国立新美術館に入った瞬間、すでに空気が違いました。開幕から5日目、最初の日曜日。ロビーは人でいっぱいで、企画展示室2Eへ向かう人の流れが途切れません。ピカソとポール・スミス。この2人の名前が並んだときの引力の強さを、入口に立った時点で思い知らされました。
結論から言えば、この展覧会は「ピカソを勉強する場所」ではなく「ピカソで遊ぶ場所」です。約80点のピカソ作品を、英国人デザイナーのポール・スミスが考案した会場構成の中で歩いていく。壁の色、柄、順路そのものが作品体験の一部になっている、かなり珍しいタイプの展覧会でした。

「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」とは?
パリ国立ピカソ美術館が所蔵するパブロ・ピカソ(1881-1973)の作品にインスピレーションを得て、英国人デザイナーのポール・スミスが会場のレイアウトを考案した展覧会です。ピカソの初期から晩年までの作品群を、緩やかな時系列に沿って約80点展観します。
本展は、2023年にパリで開催されたピカソ没後50周年記念の特別展「Picasso Celebration: The Collection in a New Light!」を基にした国際巡回展です。上海での開催を経て、日本では国立新美術館のみでの開催となります。
会場構成を手がけたポール・スミス(1946-)は、英国ノッティンガム出身のデザイナー。サイクリストから転身し、デザイン、音楽、ファッションの道へ進んだ人物で、「ひねりのあるクラシック」という哲学と豊かな色彩使いで知られています。この「ひねり」が、会場のあちこちに仕掛けられています。



基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 展覧会名 | ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ |
| 会期 | 2026年6月10日(水)〜9月21日(月・祝) |
| 会場 | 国立新美術館 企画展示室2E(東京都港区六本木7-22-2) |
| 休館日 | 毎週火曜日(8月11日は開館、8月12日は休館) |
| 開館時間 | 10:00〜18:00(毎週金・土曜日は20:00まで、入場は閉館の30分前まで) |
| 当日料金 | 一般2,400円、大学生1,400円、高校生1,000円 |
| 無料対象 | 中学生以下、障害者手帳等をお持ちの方と付添者1名 |
| 出品点数 | 約80点 |
| 主催 | 国立新美術館、パリ国立ピカソ美術館、日本経済新聞社、TBS、TBSグロウディア、テレビ東京 |
前売券の販売は6月9日で終了しているため、これから行く方は当日券の購入になります。オンラインでも当日券が販売されているので、窓口の列を避けたい方は事前購入がおすすめです。
混雑状況と所要時間のリアル
私が訪れた6月14日の昼過ぎは、はっきり言って混んでいました。特に印象的だったのは、人気作品の前が二重三重になっていたこと。前の人の肩越しに覗き込むような時間帯もあり、ゆっくり正面から向き合うには少し待つ必要がありました。
滞在時間は1時間半から2時間ほど。16セクションを一つずつ丁寧に追いかけると、これくらいはかかります。混雑を考えると、2時間は見込んでおくと安心です。
混雑を避けたい方へのポイントは3つあります。
- 毎週金曜・土曜は20:00まで開館しているので、夕方以降を狙う
- 平日午前中の早い時間に入る
- 会期後半は駆け込みで混みやすいため、可能なら早めに行く
なお、会期中に国立新美術館で開催中の他の展覧会のチケット、またはサントリー美術館・森美術館で開催中の展覧会チケット(半券可)をチケット売場で提示すると、本展のチケットが100円引きになります。六本木でハシゴする予定の方は覚えておくとお得です。

全16セクションを歩く
本展は00から15までの16セクションで構成されています。ここが本展最大の特徴で、セクションごとにコンセプトが大きく異なり、それに合わせて会場の色や柄も切り替わっていきます。
00 トロンプ・レスプリ(精神を欺くもの)
いきなり《牡牛の頭部》(1942年)から始まります。自転車のサドルとハンドルを組み合わせて牛の頭部を形づくった作品で、これは牛なのかサドルなのかと鑑賞者の認識を揺さぶってきます。青年期にプロの自転車選手を目指していたほど自転車を愛好するポール・スミスは、この作品に着想を得て、幾つもの自転車のサドルを用いて部屋のレイアウトを考案しました。展覧会の入口としてこれ以上ないほど気の利いた導入です。




01 「ヴォーグ(流行)」中の芸術家
ピカソは子供のころから雑誌や漫画を愛読し、やがて書物にじかに絵を描き込むようになります。バルザックやフロベールの小説のページに人物像をスケッチし、1951年には雑誌『ヴォーグ・パリ』にも描き込みました。ウェディングドレスを纏う女性の写真の上に数本の線を加えるだけで、その姿を不条理でグロテスクなものへと変えてしまう。落書きが芸術になる瞬間を見せられます。



02 青の憂鬱
1901年から1904年、いわゆる「青の時代」。親友カサジェマスの死を契機に始まったこの時代、ピカソは社会の最貧困層を深い青で描き、孤独や憂鬱を表現しました。貧しい生活の中、夜間にランプの下で制作された作品が、独自の憂鬱な様式へと深化していきます。代表作《男の肖像》(1902-1903年)が並びます。



03 バラ色の女性たち:《アヴィニョンの娘たち》への前奏曲
1906年から1908年、ピカソは形態と空間の簡素化を追求し、キュビスムの基盤を築きました。イベリア美術やアフリカ彫刻に着想を得て、バラ色を基調とした幾何学的で荒々しい造形言語を模索した時期です。ここでは《アヴィニョンの娘たち》(1907年)に至る膨大な習作が中心に紹介されます。あの傑作が突然生まれたのではないことがよく分かります。






04 キュビスムの実験室
対象を立方体のように単純化するキュビスムへの挑戦。テーブル、グラス、新聞、楽器といった日用品が最初の主題でした。限られた色彩で抽象的に描かれた画面は主題の識別が難しいこともありますが、モノや装飾、身体など、必ず手がかりとなる細部が取り込まれています。「実験室」というセクション名がぴったりの、試行錯誤の現場です。






05 アッサンブラージュとコラージュ
木や大理石に似た壁紙をカンヴァスに貼り付けるコラージュによって、ピカソは現実の断片を直接作品に取り込みました。芸術は現実を忠実に再現するものだという規範への対抗です。このアイデアは二次元にとどまらず、スプーンや自転車のサドルなど日用品で作られたアッサンブラージュとして三次元にも広がりました。00の《牡牛の頭部》とここが呼応します。





06 古典主義の画家
1910年代末から1920年代初頭、芸術界には「秩序への回帰」という具象表現や古典的主題を復活させる風潮が起こります。この中でピカソは、きわめて古典主義的な方法で人物像を油彩とデッサンに描きました。妻でロシアのダンサーだったオルガ・コクローヴァや息子パウロがモデルです。《初聖体拝領者たち》(1919年)、《アンドレ・ドランの肖像》(1919年)が並びます。






07 子ども時代
個人的に、ここは強く印象に残ったセクションでした。スペインでの幼少期に親しんだ闘牛やフラメンコ、パリのキャバレーやサーカスの鑑賞体験を通じて、ピカソは生涯にわたり舞台芸術に深い関心を持ち続けました。特にアルルカン(道化師)には自身を投影しています。《アルルカンに扮したパウロ》(1924年)の、父が息子を見つめる視線の柔らかさ。《トラックの玩具で遊ぶ子ども》(1953年)の無防備な線。革新者としてのピカソとは別の顔がここにあります。







08 闘牛
ピカソは生涯を通じて闘牛を重要なテーマとしました。1930年代には牡牛が馬や闘牛士を襲う激しく悲劇的な瞬間を好んで描き、闘牛場を生と死、あるいは性と死が交錯する象徴的な劇場として表現しています。《コリーダ:闘牛士の死》(1933年)がその代表です。一方、戦後にヴァロリスで制作した版画の連作〈ラ・タウロマキア〉では、軽快な筆致で儀式の躍動感や祝祭性を捉えました。








09 ストライプ
ここも足が止まったセクションです。1930年代、ピカソはストライプ模様を実験的に用いて愛する女性たちの肖像を描きました。柔らかな曲線とパステル調で描かれたマリー=テレーズ・ワルテルは官能性と安らぎを、鋭角的な形と暖色で描かれたドラ・マールは強い存在感を放ちます。《読書》(1932年)の穏やかさが忘れられません。しかしスペイン内戦やファシズムの影が忍び寄ると、連作〈泣く女〉に代表される哀愁的な表現へと変容していきます。ストライプという柄が、そのままポール・スミスの会場演出にも重なるセクションでもあります。







10 戦時中
スペイン内戦から第二次世界大戦にかけて、ピカソはファシズムや抑圧への抵抗を続けました。大作《ゲルニカ》(1937年)は蛮行に対する告発の象徴です。ナチス占領下のパリで、不安と窮乏の中、彼は「死」や「飢え」を暗示する作品を制作しました。肖像画では人体が歪められ、静物画では動物の死骸や頭蓋骨が暗い色調で描かれます。《室内のフクロウ》(1946年)もこのセクションです。会場全体が明るく楽しい分、ここのトーンの落差が効いてきます。





11 一点もの
1940年代後半、南仏ヴァロリスに定住したピカソは陶芸に没頭します。主にマドゥラ工房で制作された数千点に及ぶ作品には、水差しや皿に女神、鳥、動物、闘牛士のモティーフがユーモア溢れる方法で施されました。《表面に牧神の頭、裏面に花が装飾された長方形の陶器の皿》(1948年)など、絵画・彫刻・工芸の境界を曖昧にした実験が並びます。晩年の喜びと生命力が伝わってくる一角です。



12 《草上の昼食》
ここも印象深いセクションでした。1950年代、ピカソはエドゥアール・マネの《草上の昼食》(1863年)の再解釈に取り組みます。27点の絵画と約140点のデッサンを含む連作で、古典的な構図を解体し、人物の配置やポーズを大胆に変容させ、絵画の平面性と装飾性を追求しました。《草上の昼食(マネに基づく)》(1960年)を前にすると、巨匠が巨匠に挑み続ける執念のようなものが伝わってきます。この探求は厚紙の模型をコンクリートで巨大化させた彫刻作品へと結実しました。






13 ピカソのボーダーシャツ
白髪の薄い頭でボーダーシャツを着た男性。私たちが思い浮かべる「ピカソ」のイメージは、報道写真が興隆をきわめテレビが登場した第二次世界大戦後に固まったものです。このイメージを決定的にした写真家ロベール・ドアノーによるポートレートは、ピカソが南仏のカンヌやヴァロリスで陶芸に熱中していたころに撮影されました。作品ではなくイメージそのものを展示するという発想が面白く、ボーダーとストライプという意味でもポール・スミスと最も響き合うセクションだと感じました。




14 晩年:1969-1972
1961年以後、南仏ムージャンで過ごしたピカソは、ここでも精力的に絵画や版画を制作し続けました。最晩年の並外れた創造性と生産性が大きな特徴です。以前よりも筆の動きが自由になり、人物像を好んで主題に取り上げました。衰えを見せない技量を示すこれらの絵画は、新世代の画家たちにも大きな影響を与えています。





15 展覧会のピカソ
締めくくりは展覧会ポスターのセクションです。1901年のパリでの初個展から、晩年1970年のアヴィニョンでの大規模な個展まで、展覧会ポスターは街中に掲げられることで芸術活動を大衆へ開放する役割を担いました。「ポスターの集積」に着想を得たスミスは、ピカソの膨大なエネルギーを象徴する展示空間を創出しています。《ポンポン帽子と柄ブラウスを着た女の肖像》(1962年)が置かれた、にぎやかで多幸感のあるフィナーレでした。




ポール・スミスの会場構成が効いている理由
歩いていて一番強く感じたのは、壁の色の鮮やかさです。セクションが変わるたびに空間の色が切り替わり、そのたびに気分がリセットされます。ピカソの様式が目まぐるしく変化していく展覧会において、この色の切り替えは「今から違う話が始まりますよ」という合図として機能していました。
もうひとつはストライプ柄の空間です。ピカソが女性たちの肖像に用いたストライプと、ポール・スミスの代名詞であるマルチストライプ。この2つが会場で重なる瞬間があり、コラボレーションの必然性が腑に落ちました。単なる有名人同士の組み合わせではなく、ちゃんと接点のあるコラボレーションだったのだと分かります。
美術館の白い壁で作品と一対一で向き合う体験も尊いものですが、本展は「デザイナーの目を通してピカソを見る」という体験です。ピカソに詳しくない方でも楽しめる作りになっているのは、この会場構成のおかげだと思います。




アクセスと訪問のコツ
国立新美術館へのアクセスは次のとおりです。
- 東京メトロ千代田線 乃木坂駅 青山霊園方面改札6出口(美術館直結)
- 東京メトロ日比谷線 六本木駅 4a出口から徒歩約5分
- 都営大江戸線 六本木駅 7出口から徒歩約4分
雨の日や夏場は、直結の乃木坂駅6出口が圧倒的に快適です。美術館に駐車場はないため、車の場合は周辺の有料駐車場を利用することになります。
訪問のコツとしては、混雑を考えて2時間程度の余裕を持つこと、そして金曜・土曜の夜間開館を活用することです。8月には夜間開館日にあわせてDJタイムを設けた「サマー・ラウンジ in ミュージアム」も予定されており、音楽と一緒に楽しむ夏の夜という選択肢もあります。
まとめ
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」は、ピカソの約80点を00から15までの16セクションで辿る国際巡回展です。日本での開催は国立新美術館のみ、会期は2026年9月21日まで。
私が訪れた6月14日の昼過ぎは作品の前が二重三重になるほどの混雑でしたが、それでも1時間半から2時間かけて回る価値は十分にありました。子ども時代、ストライプ、草上の昼食、そしてボーダーシャツ。この4つのセクションは、ピカソという巨人を「作品」ではなく「人」として感じさせてくれます。
ピカソをよく知る人にも、これから知る人にも開かれた展覧会です。鮮やかな壁の色に迎えられる16の部屋を、ぜひ自分の足で歩いてみてください。
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