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2026年4月19日、午後1時すぎ。室町通に面した誉田屋源兵衛の暖簾をくぐると、外の喧騒がすっと遠のきました。坪庭の石畳を踏みしめ、奥へと進んでいくと、黒い外壁の蔵が現れます。「黒蔵」。大正時代に建てられた帯の老舗が守り続けるこの空間こそが、フェデリコ・エストルの展示会場でした。

その1時間後には、上京区の有斐斎弘道館へ。江戸時代の学問所を前身に持つ、数寄屋造りの静謐な場所で、ジュリエット・アニェルの写真が待っていました。

2日間で13会場を巡ったKYOTOGRAPHIE 2026訪問記シリーズも、いよいよ最終回です。締めくくりにふさわしい2会場でした。

KYOTOGRAPHIE 2026とは?

KYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭)は、毎年春に京都で1ヶ月間開催される国際的な写真祭です。2013年にスタートし、今年で第14回を迎えます。

このフェスティバルの最大の特徴は「会場」にあります。寺社仏閣、町家、洋館、近代建築といった京都ならではの特別な空間を展示会場として使うことで、写真作品と場所が対話し、ほかでは体験できない鑑賞体験を生み出すのがKYOTOGRAPHIEのスタイルです。

2026年のテーマは「EDGE(際、あわい)」。8の国と地域から13組のアーティストが参加し、社会的な周縁、人と自然の境界、都市とテクノロジーの臨界点など、さまざまな「際」を写真という表現で探求しています。

項目内容
正式名称KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026
テーマEDGE(際、あわい)
会期2026年4月18日〜5月17日
回数第14回
参加アーティスト8の国と地域から13組
公式サイトkyotographie.jp

FEDERICO ESTOL|誉田屋源兵衛 黒蔵

基本情報

項目内容
アーティストフェデリコ・エストル(Federico Estol)
出身国ウルグアイ
会場誉田屋源兵衛 黒蔵(京都市中京区)
訪問日2026年4月19日 13時頃
撮影枚数12枚
滞在時間約30分

60人の靴磨き師が英雄になる

フェデリコ・エストルはウルグアイを拠点とする写真家でありアクティビスト。ラテンアメリカの文化的アイデンティティ、格差、社会的連帯をテーマに作品を制作してきた作家です。前年のKG+SELECTで受賞し、その受賞作が今回のKYOTOGRAPHIE 2026個展として昇華されました。

展示タイトルは「Shine Heroes(シャイン・ヒーローズ)」。ボリビアの靴磨き師60人と協働し、彼らが運営するローカル新聞「Hormigón Armada」とも連携しながら制作された作品群です。社会の周縁に置かれた人々の誇りとコミュニティの絆を、真正面から写真に収めた展示でした。

黒蔵という会場の力

誉田屋源兵衛は1738年創業の帯の老舗。黒蔵は1919年(大正8年)に建てられた蔵で、間口からは想像もつかないほど奥に広がる敷地の奥に位置しています。坪庭の石畳を抜けた先に建つ黒い外壁の空間は、入る前からすでに「ここは特別な場所だ」と感じさせます。

内部は外光が絞られ、暗がりの中に写真が浮かび上がる展示構成でした。

南米の社会的現実を描いた写真と、江戸中期から続く帯の老舗の黒い蔵。組み合わせは一見かけ離れているようで、どちらも「見えないものを可視化する」という核心を共有していました。暗がりに目が慣れてくると、靴磨き師たちの表情が少しずつ立体的になってくる。蔵の静寂が、写真の中の喧騒を際立たせる。空間と作品がお互いの声量を引き上げるような感覚がありました。

なお、同日に同じ誉田屋源兵衛の別棟「竹院の間」ではタンディウェ・ムリウの展示も開催されていました(訪問記 No.5 参照)。竹院の間の緑と光の開放感と、黒蔵の閉じた暗がりは対照的で、1つの敷地の中で2つの異なる世界を渡り歩く体験ができます。誉田屋源兵衛はKYOTOGRAPHIE屈指の「会場力」を持つ場所だと、今年も実感しました。

JULIETTE AGNEL|有斐斎弘道館

基本情報

項目内容
アーティストジュリエット・アニェル(Juliette Agnel)
出身国フランス
会場有斐斎弘道館(京都市上京区)
訪問日2026年4月19日 14時頃
撮影枚数8枚
滞在時間約30分

石の内側に宿る動き

ジュリエット・アニェルは1973年フランス生まれ。パリ国立高等美術学校で学んだのち、夜の砂漠や氷河といった極限環境での撮影を続けてきた写真家です。人間と自然の間に働く「見えない力」を写真で探求することをテーマとし、2023年にはフランス写真界の権威あるニエプス賞を受賞。ルーヴル美術館やジュ・ド・ポームでの展示歴も持ちます。

KYOTOGRAPHIE 2026の展示シリーズ「La Susceptibilité des roches(石の感受性)」は、ヴァン クリーフ&アーペルとの共同制作によるカラー作品群です。「石は無機物ではなく、磁場を帯び、内なる動きを持つ」という科学的理論をもとに、鉱物や植物を写し出すことで、目には見えない力を可視化しようとしています。

シンプルな展示「少なさ」が生む濃度

有斐斎弘道館は、江戸中期の儒者・皆川淇園が1806年(文化3年)に創設した学問所を前身に持つ場所です。現在の建物は数寄屋造りで、表千家好みの茶室「汲古庵」「有斐斎」を備えています。茶道、香道、能楽といった日本の伝統文化が今も息づく、研ぎ澄まされた静寂の空間です。

大きく分けて3つのテーマによる展示。少ないと感じるかもしれませんが、この会場においては「少なさ」こそが正解でした。茶の湯の美意識、つまり「余白」と「間」の哲学が展示全体を支配し、1枚の写真の前に立ち止まる時間が長くなる。次の作品へと向かう回廊の沈黙が、むしろ作品の一部になる。そういう体験の密度がありました。

夜の風景や極限環境を撮り続けてきたアニェルの写真が、茶室文化の空間と出合ったとき、どちらも「内側の静けさと外側の世界との際」を問いかける表現だと気づきます。石の磁場と、茶室に張り詰めた静寂。2つの「見えない力」が、弘道館という器の中でひとつに溶け合っていました。

「光の宿る場所」|会場が作品を完成させるKYOTOGRAPHIEの真髄

今回の2会場は、テーマこそ異なりながら、同じことを問いかけていました。「空間が作品を完成させる」という体験です。

フェデリコ・エストルは、黒蔵の暗がりという特殊な場を使って、見る者を南米の社会的現実へと引き込みました。光を絞り込んだ閉じた空間が、靴磨き師たちの「見えない日常」を可視化するための装置として機能していたのです。

ジュリエット・アニェルは、茶室文化の「余白と間」という概念が共鳴する空間を選ぶことで、石の磁場という不可視のテーマを体感的なものにしました。展示枚数の少なさも含めて、会場の選択そのものが作品の解釈を深めていました。

KYOTOGRAPHIEが他の写真祭と一線を画す理由が、この2会場を歩くことで改めてよくわかりました。写真は壁に掛けられた瞬間に完成するのではなく、空間との対話の中で完成する。京都という都市全体が写真祭の「展示室」になっているのだということを、今年も実感しました。

KYOTOGRAPHIE 2026 全13会場を歩き終えて

2026年4月18日・19日の2日間で、13アーティスト・13会場を巡りました。今年で3年連続のKYOTOGRAPHIE訪問です。

2026年の個人ベスト3を挙げます。

  • イヴ・マルシャン&ロマン・メフル(重信会館)|廃墟を記録した写真と、廃墟になりかけた昭和モダンの建物が重なる圧倒的なマッチング。会場と作品の一致感ではシリーズ随一でした
  • リンダー・スターリング(京都文化博物館 別館)|赤煉瓦の洋館とコラージュ作品の緊張感ある対話。建物の「格」が作品をさらに引き上げていました
  • 森山大道(京都市京セラ美術館)|巨匠の回顧展という規模感と、美術館という空間の「格」が合致した体験。写真祭の枠を超えた密度がありました

3作品に共通するのも、やはり会場と作品のマッチングです。KYOTOGRAPHIEが2026年のテーマとして掲げた「EDGE(際)」は、写真と空間の境界線でも見事に体現されていた1ヶ月でした。

2024年、2025年、そして2026年と3年連続でKYOTOGRAPHIEを訪れてきました。来年2027年も、また京都へ来ます。

KYOTOGRAPHIE 2026 訪問記 シリーズ全10本

No.アーティスト会場
1/10森山大道京都市京セラ美術館
2/10イヴ・マルシャン&ロマン・メフル重信会館
3/10リンダー・スターリング京都文化博物館 別館
4/10アントン・コービン嶋臺ギャラリー
5/10タンディウェ・ムリウ誉田屋源兵衛 竹院の間
6/10アーネスト・コール京都市京セラ美術館
7/10レボハン・カニエ東本願寺 御玄関 ※要確認
8/10A4アーツ・ファウンデーション&ピーター・ヒューゴ京都市京セラ美術館
9/10芝田沙里&福嶋敦※要確認
10/10フェデリコ・エストル&ジュリエット・アニェル誉田屋源兵衛 黒蔵 | 有斐斎弘道館

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