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2026年6月14日、日曜日の午後。表参道のファーガス・マカフリー東京に足を踏み入れると、フロアには私ひとりしかいませんでした。

このギャラリーには何度か訪れたことがあります。だから「入っていいのかな」という緊張もなく、気持ちを落ち着けて作品と向き合うことができました。ギャラリーは初めてだと少し身構えてしまう場所ですが、二度目以降は本当に気楽です。

そして、この日の展示は、ひとりで静かに見たからこそ気づけたことがありました。

ウルス・フィッシャー「間違い探し」とは?展覧会の基本情報

まずは基本情報からまとめておきます。

展覧会概要

項目内容
展覧会名ウルス・フィッシャー「間違い探し Machigai Sagashi – Spot the Difference」
会場ファーガス・マカフリー東京
住所東京都港区北青山3-5-9
会期2026年4月11日〜7月5日(終了)
開廊時間11:00〜19:00
入場料無料
アクセス東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道」駅A3出口より徒歩3分

この展覧会は、ウルス・フィッシャーにとって日本で初めての個展でした。しかも彼の代表作である「キャンドル・ポートレート」が日本で公開されるのも、これが初めてのことです。

ひとつ補足しておくと、本展はもともと日曜が休廊日でした。ところが反響が大きかったため、6月7日から日曜も開館するようになったのです。つまり私が訪れた6月14日は、日曜開廊が始まってまだ2週目。人がいなかったのは、そのあたりも関係していたのかもしれません。

ウルス・フィッシャーはどんなアーティスト?

ウルス・フィッシャーは1973年、スイスのチューリッヒ生まれ。同地のSchule für Gestaltungで写真を学んだのち、1996年にチューリッヒで初個展を開催しました。以降、ヴェネツィア・ビエンナーレ(2003年、2007年、2011年)やロサンゼルス現代美術館での個展など、国際的に活動を広げています。現在はロサンゼルスを拠点にしています。

ユーモアと「ありえなさ」を武器にしながら、絵画や彫刻をめぐる根本的な問いを投げかけてくる作家です。ハイカルチャーとキッチュ、永続性と一時性、精神と身体、真実と欺瞞。そうした二項対立を30年にわたって行き来してきました。

「崩れた蝋人形だな」と思っていたら、本当に火がついていた

私はこの日、事前情報をまったく入れずに訪れました。展覧会の内容も、作家についても、ほとんど何も知らない状態です。

1階には、鏡のように同じサイズの部屋がふたつ並んでいます。そのそれぞれに、人間よりひとまわり大きな人物像が立っていました。

最初に思ったのは、正直に言うと「蝋の人間が崩れた形だな〜」ということでした。溶けかけた蝋のかたまりを模した彫刻作品なのだろう、と。そういうタイプの造形作品はよくありますし、崩れた質感そのものを表現しているのだと思い込んでいたのです。

ところが、しばらく眺めているうちに気づきました。

本当に、火がついている。

頭のてっぺんで炎が揺れていて、蝋が溶けて垂れ、少しずつ形が変わっていく。これは「崩れた形をかたどった作品」ではなく、いま目の前で崩れ続けている作品だったのです。

この瞬間の驚きは、なかなか忘れられません。作品を見ているつもりが、実は作品が変化していく過程に立ち会っていた。しかも私が見ていたその数十分のあいだにも、ほんのわずかずつ、かたちは変わり続けていたはずなのです。

そして次に湧いてきたのは、「この後どうなるんだろう」という強い興味でした。私が見た姿は、その日その時間だけのもの。翌週にはもう別のかたちになっている。そう思うと、もう一度来たくなりました。

《Mirror》という作品|3か月かけて溶けていく、ふたつの自画像

帰宅後に調べてわかったのですが、この作品は《Mirror》というタイトルで、モデルはウルス・フィッシャー本人でした。作家自身の姿を等身大より大きくかたどった、まったく同一の彫刻が一対。ふたつの展示室を隔てる壁に穴が開けられていて、2体はその開口部越しに視線を交わしています。

彫像の背後には、くり抜かれた壁の断片がそのまま置かれていました。この穴はどうやって空いたのか。ここではどんな会話が交わされているのか。答えは示されません。

そして会期初日、2体の頭頂部の芯に火が灯されました。以降、それぞれが独立したペースで溶解し、垂れ下がり、崩れ落ちながら、蝋の滴りが約3か月のあいだ床に積もっていく。鏡写しだったはずの2体が、少しずつ違うかたちになっていくという仕掛けです。

「間違い探し」というタイトルは、ここに直結しています。

なぜ蝋なのか

Tokyo Art Beatのインタビュー記事で、フィッシャー本人が素材について語っていました。要約すると、蝋を選んだ理由はひとつではないそうです。造形しやすいという実用的な理由もあれば、石の彫刻のように重々しさを主張せず軽やかに見える素材だから、という理由もある。

そして「儚さ」よりも、もっと即物的に「一時的なもの」という感覚が近いのだと語っています。そこにずっと存在し続ける必要のない、テンポラリーな作品。芯に火を灯せば作品は溶け出し、作家がつくったかたちと自然が生み出すかたちが組み合わさっていく。その一連のプロセスまで含めて作品なのだ、という考え方です。

ちなみに、この作品が自画像である理由も明快でした。鏡をテーマにしたとき、鏡を覗く自分というイメージがいちばん思い描きやすかったから。必ずしもセルフポートレートである必要はなかった、とのことです。

この後どうなったのか?会期終了後の「鋳造し直し」

私がいちばん気になっていた「この後どうなるのか」にも、きちんと答えがありました。

会期が終わると、キャンドルの残余は清掃によって取り除かれます。そして、あらためて完全な姿で鋳造し直されるのです。溶けて崩れ、消えて、また元のかたちに戻る。死と再生の反復的な循環が、作品のシステムそのものに組み込まれていたということになります。

これを知ったとき、あの日見た「途中経過」が、循環のごく一部を切り取ったものだったのだと腑に落ちました。

地下スペースへ|以前は店舗だった空間が“間違い探し”の舞台に

1階を見終えて、地下へ降ります。

ここで少し驚いたのですが、以前このギャラリーに来たときには別の店舗が入っていた場所が、そのまま展示スペースになっていました。広い地下空間に、シンプルな展示。1階の密度とは対照的な、余白の多い見せ方です。

この地下こそが、本展のもうひとつの核でした。

ギャラリーの資料によると、フィッシャーは今回の展覧会の構想を、ギャラリーの建築構造そのものから組み立てたそうです。隅々まで仕上げられたメインギャラリーが、未完成の地下空間の真上にある。この上下関係が、意識と無意識という心理の層に分け入るきっかけになったといいます。

地下では、上階の「穴」と「修復」というモチーフが引き継がれています。コンクリートに残った穴や補修の跡と、それを転写した壁紙。その境界線を意図的に曖昧にすることで、空間全体がロールシャッハ的な「鏡の間」に変わっていきます。

つまり、どこまでが本物の床の傷で、どこからが写しなのか。まさに「間違い探し」を強いられる空間なのです。壁面や床、天井には彩色されたブロンズ彫刻が配置され、《Attitude》《A Man & A Rose》《Carnivores》《Drama》といった謎めいたタイトルがつけられていました。

1階の蝋がやがて消える一時的な存在であるのに対し、地下のブロンズは恒久的なもの。この対比も含めて、展示全体がひとつの構造になっていたわけです。

「間違い探し」というタイトルの意味を、帰り道に考えた

見終えて外に出てから、しばらくタイトルのことを考えていました。

「間違い探し」は、ふたつの絵を見比べて違いを見つける遊びです。この展覧会には、その構造が何重にも仕込まれていました。

  • 鏡写しの2体が、溶けるにつれて違うかたちになっていく
  • 本物の床の傷と、転写された壁紙の模様
  • 1階の一時性と、地下の恒久性
  • 意識の階と、無意識の階

そして何より、私自身が最初にやってしまった「間違い」。崩れた形を模した彫刻だと思い込んでいたら、実際には燃えていた、というあの勘違いです。

見ているつもりで、見えていない。決めつけた瞬間に、いちばん大事なものを見落とす。事前情報なしで行ったからこそ、その落とし穴に自分から落ちて、自分で気づくことができました。結果的に、これ以上ないかたちで展覧会を体験できたのだと思っています。

訪問前に知っておきたいこと(アクセス・鑑賞のコツ)

会期は終了していますが、ファーガス・マカフリー東京は継続して企画展を開催しているギャラリーです。次に訪れる方のために、実用的な情報をまとめておきます。

  • 場所は表参道駅A3出口から徒歩3分。北青山の落ち着いたエリアにあります
  • 商業ギャラリーなので入場は無料です。予約も不要でした
  • 開廊は11:00〜19:00。月曜休廊が基本ですが、企画によって変則的になることがあります
  • 1階と地下の2フロア構成。地下も忘れずに降りてください
  • 平日や開廊直後の時間帯は人が少なく、じっくり見られます

ギャラリーは美術館と違って、静かで、監視員に囲まれることもなく、自分のペースで作品と向き合えます。最初の一歩さえ踏み出せば、これほど贅沢な鑑賞環境はありません。

まとめ|同じ景色は二度と見られない展示だった

ウルス・フィッシャー「間違い探し」は、2026年7月5日をもって会期を終えました。

私が6月14日に見た《Mirror》のかたちは、その日その時間だけのものです。前日とも翌日とも違う。そして会期が終われば清掃され、また完全な姿に鋳造し直される。だから、あの姿はもう二度と存在しません。

事前情報を入れずに行ったことで生まれた「あ、本当に燃えてる」という驚き。そして「この後どうなるんだろう」という尽きない興味。ひとりきりの地下空間で味わった、静かな時間。

作品を見に行ったつもりが、変化していく途中に立ち会っていた。そういう体験ができる展覧会は、そう多くありません。ファーガス・マカフリー東京は今後も注目していきたいギャラリーです。

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