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2026年8月9日、お昼過ぎ。虎ノ門ヒルズ ステーションタワーのエレベーターで45階まで上がりながら、正直こう思っていました。「これだけ独特な作品ばかりの展覧会だから、意外と空いているんじゃないかな」と。

その予想は、入口であっさり裏切られます。そこにいたのは、想像していたよりずっと若い人たち。しかも、けっこうな人数です。

結局、そこから1時間30分。暗闇に浮かぶ無数の眼に見つめられ、デヴィッド・ボウイの声を浴び、天井高15メートルの空間に出現した異形の生き物たちを見上げて過ごしました。とても不思議な空間でした、というのが率直な感想です。

この記事では、実際に歩いて感じたことに加えて、作家本人や企画者が語っている内容も踏まえながら、この展覧会の奥行きをお伝えしていきます。

トニー・アウスラー展とは?まず押さえたい基本情報

要点を先にまとめると、次の3つです。

  • アメリカを代表するマルチメディアアートの作家、トニー・アウスラーの日本初となる大規模個展
  • 初期作から新作まで約50点。その半数ほどが日本初公開
  • デヴィッド・ボウイとの共作が、四半世紀を経て世界初公開される
項目内容
展覧会名トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~
会場TOKYO NODE GALLERY A/B/C(虎ノ門ヒルズ ステーションタワー45F)
会期2026年7月3日〜9月27日
開館時間10:00〜19:00(金・土は20:00まで/入場は閉館30分前まで)
料金一般2,400円、大学生・専門学校生1,400円、中学生・高校生800円、小学生以下無料
企画椿玲子(TOKYO NODE)、アリス・ニェン=プー・コー

トニー・アウスラーは1957年ニューヨーク生まれ。四角いスクリーンから映像を解き放ち、人形や立体物、建築空間そのものへ投影するという表現を1980年代から切り開いてきた作家です。いま街中で見かけるプロジェクションマッピングも、その延長線上にあると言われています。

独特な作品ばかりなのに、意外と若い人が多かった

さて、冒頭の「意外と若い人が多い」問題です。

帰宅してから調べて納得しました。訪問した8月9日は、8月8日から8月14日まで実施されていた学生無料招待期間の真っ最中だったのです。お盆は古来「異界の扉が開く」と言い伝えられる季節。しかも虎ノ門は江戸の鬼門にあたる場所だそうで、その組み合わせに引っかけた企画でした。

なるほど、あの客層はそういうことか、と腑に落ちたのですが、同時にこうも思いました。無料だから来た、というだけではないだろうと。

暗い空間に囁き声が響き、目玉がこちらを見つめ、正体不明の生き物が漂う。この感触は、ホラーやオカルトを日常的にコンテンツとして楽しんでいる世代にとって、むしろ入りやすいのではないでしょうか。難解な現代アートというより、体感型のアトラクションに近い引力があります。

「技術と霊知のはざま」とは何を意味するのか

タイトルが独特です。霊知、という言葉はなかなか日常では使いません。

TechとGnosis、企画者が語ったタイトルの意味

共同企画者のアリス・ニェン=プー・コー氏によれば、Tech(技術)はテクノロジーを単なる道具ではなく、人間の認識や創造性を広げるものとして捉える視点を指します。そしてGnosis(霊知)は、理性的・科学的な知識だけではなく、経験や直感を通して得られる知を意味しているとのこと。

つまりこの展覧会は、1970年代からAI時代までの約半世紀、ひとりの作家がテクノロジーとどう向き合ってきたかをたどる展覧会でもあるわけです。

会ったことのない祖父との、長い対話

アウスラーの創作を理解するうえで欠かせないのが、彼の祖父の存在です。

祖父はマジシャンであり、のちにカトリックへ改宗して聖書を再話した本を書いた人物でした。心霊研究にも関わり、コナン・ドイルとも親交がありました。ただしアウスラー本人が生まれる前に亡くなっているため、直接会ったことは一度もありません。それでも彼は、いまも祖父との大きな対話を続けている感覚があると語っています。

この感覚が形になったのが、後述する《計り知れないもの》です。

まずは「怖い、不思議、可愛い、気持ち悪い」でいい

とはいえ、身構える必要はありません。共同企画者の椿玲子氏は、まずは怖い、不思議、可愛い、気持ち悪いといった感覚をそのまま楽しんでほしい、と来場者に呼びかけています。

実際、その通りだと思いました。理屈は後からついてきます。

1時間30分かけて見た、印象的な作品たち

《スペキュラー》2021年

会場に入るといきなりこれです。暗闇に大小さまざまな「眼」の玉が浮かび、こちらを取り囲みます。

覗き見ているつもりが、いつのまにか見られている側になっている。その反転の感覚が強烈でした。アウスラーにとって「眼」は、映像を消費し続ける人間の尽きない好奇心の象徴なのだそうです。

《計り知れないもの》2015-2016年

第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだを舞台にした、実話に基づく物語。コナン・ドイル、脱出王フーディーニ、著名な霊媒師マージャリー・クランドン、そしてアウスラーの祖父母が登場します。

主人公は誰かと問われた彼は、ひとりの主人公がいるのではなく、彼らの関係そのものが主人公だと答えています。理性を信じるのか、宗教を信じるのか、それとも心霊現象を信じるのか。何を頼りに生きるのかをめぐって揺れた人たちの物語だ、と。19世紀の視覚トリック「ペッパーズ・ゴースト」を現代的に解釈した3D映像で、実体のない像が目の前に浮かびます。

《星》2026年

本展のための新作。これは会場では「単純にきれいな作品だ」と思って眺めていたのですが、背景を知って驚きました。

日本の超心理学者・福来友吉と、アメリカの超能力者インゴ・スワンを結びつけた作品なのだそうです。通常の知覚ではとらえられない領域への入口として構想されています。そして画面に現れる黒猫は、量子物理学の思考実験「シュレーディンガーの猫」。箱を開けるまで、猫は生きているとも死んでいるとも言えない。見るという行為そのものが現象に関わってくる、という考えが猫に託されています。

なお、アウスラー自身は「最初はただ美しいと感じるだけでもいい」という趣旨のことを語っています。何も知らずに見て、後から知って二度おいしい作品でした。

《穴から吊り上げられて》2025年

19世紀アメリカで起きた「カーディフの巨人事件」が題材。石の巨人が発掘されたという世紀のでっち上げ騒動です。映像や資料にAI生成映像を組み合わせながら、何を真実と信じるのかという問いを、SNS時代の私たちに向けてきます。150年以上前の話なのに、まったく他人事に思えません。

《ロック2、4、6》2010年

「確証バイアス」の研究が出発点。迷路のような空間を歩き回りながら、あちこちの面に投影された映像とキャラクターたちの声を浴びます。視覚と聴覚がずれていく感覚があって、自分の認識がいかに断片から組み立てられているかを体で思い知らされました。

《我が土星の恋人(たち)》2016-2017年

UFO写真家として知られるジョージ・アダムスキーと、その周辺で地球外生命体との接触を語った人々を扱った作品。アダムスキーが撮影したとされるオリジナル写真も展示されています。

真実なのか、作られた物語なのか。判断を委ねてくるところが、この展覧会らしいところです。

《空(くう)》2000年

今回の目玉のひとつ。デヴィッド・ボウイ、作曲家グレン・ブランカとの共作が、制作開始から四半世紀を超えてついに作品化され、世界初公開されました。

卵型に浮かび上がる巨大なボウイの顔が複数並び、彼がアウスラーのテキストを朗読し、ブランカの音楽が重なります。ボウイもブランカも、すでにこの世を去っています。それを知って立っていると、時間の感覚が妙なことになる空間でした。

《キメラ》2026年

天井高15メートルのドーム空間を使った、本展のための大型新作。展示の最後を飾ります。

アウスラーによれば、ここに登場する生き物たちが暮らしているのは「デジタルの森」。かつて人間が楽園として想像したエデンが、現代ではデジタル空間に置き換わったという発想です。インターネット上に無数にある想像上の生き物の画像は、専門家が正解として示したものではなく、名前のない人々が自分の恐怖や願望から生み出し、共有してきたもの。そこに彼は関心を寄せています。日本の妖怪のイメージも入り込んでいるそうです。

「カリカチュア」シリーズ

《キメラ》の手前に並ぶ、表情を変え続け、囁き声を発する小さな存在たち。着想源はまさかの「たまごっち」だそうです。可愛いのに不気味、不気味なのに可愛い。この振れ幅が、展覧会全体の空気を象徴していたように思います。

「本当のモンスターとは何か」という問い

日本の妖怪は、西洋のモンスターと違って人間の隣で暮らし、災害を知らせたり行いを戒めたりする存在でもあります。その話を受けて、アウスラーはこう問いを立て直しています。本当に恐ろしいのは想像上の怪物なのか、それとも巨大な企業なのか、権力を持つ人物なのか、人を縛る思想なのか。

そして彼は、私たちが一日に7時間も8時間もスクリーンの前で過ごしている現実を指摘します。人間とスクリーン、主導権を握っているのはどちらなのか。テクノロジーに使われるのではなく、人間の側から関係を作り直さなければならない、と。

AIについても、現在のAIは既存の言葉や情報を組み合わせて繰り返している面が強く、平均的な答えに寄っていく傾向があると彼は見ています。珍しいもの、分類しにくいもの、中心から外れたものは後ろへ押しやられる。けれどもアーティストが興味を持つのは、まさにその端の部分だというのです。

最後に彼が語っていた言葉が印象的でした。UFOも信じたいけれど、自分がもっとも深く信じているのはアートと人間の創造性であり、それが自分にとっては宗教に近いものだ、と。世界の物語は誰かに決められたものではなく、自分たちもその続きを作れるのだと感じてほしい、というメッセージで対談は締めくくられています。

その言葉を知ってから思い返すと、あの不思議な空間の意味が少し変わって見えてきます。

所要時間の目安と、行く前に知っておきたいこと

今回、ゆっくり見て回って1時間30分ほどでした。急げばもっと短くできますが、映像作品が中心なので、それぞれの前に立ち止まる時間を確保しないともったいないです。

  • 暗い空間が続きます。目が慣れるまで少し時間がかかります
  • あちこちから声や音が同時に聞こえてくるので、静かに鑑賞したい方は混雑時間を避けるのがおすすめです
  • 予備知識はなくても十分楽しめます。むしろ何も知らずに入ったほうが驚けます
  • 虎ノ門ヒルズ館内の複数店舗で、本展とのコラボメニューも展開されています

よくある質問

Q. 所要時間はどれくらいですか? A. しっかり見るなら1時間30分前後を見ておくと安心です。実際に平日の昼過ぎに訪問し、この時間でゆっくり回れました。

Q. 現代アートの知識がなくても楽しめますか? A. 楽しめます。企画者自身が、まずは怖い、不思議、可愛いといった感覚をそのまま味わってほしいと呼びかけています。

Q. 混雑しますか? A. 独特な作風なので空いていると予想して行きましたが、想像以上に来場者がいました。時間帯によっては人が多いと考えておいたほうがよさそうです。

Q. 子どもでも大丈夫ですか? A. 小学生以下は無料です。ただし暗い空間と不気味な映像が続くので、怖がりのお子さんは注意が必要かもしれません。

Q. 学生は割引がありますか? A. 大学生・専門学校生1,400円、中学生・高校生800円の設定があります。期間限定の学生無料招待が実施されることもあるため、訪問前に公式の案内を確認しておくとお得です。

まとめ|とても不思議な空間でした

暗闇に浮かぶ眼、四半世紀を超えて届いたボウイの声、デジタルの森に棲む異形の生き物たち。1時間30分、確実に日常から切り離されていました。

面白いのは、この展覧会が扱っているのが決して遠い世界の話ではないという点です。何を信じるのか、何を真実とみなすのか、スクリーンとどう付き合うのか。150年前のでっち上げ事件も、AIの話も、結局は同じ問いにつながっています。

若い来場者が多かった理由も、案外そこにあるのかもしれません。会期は9月27日まで。この夏、一番不思議な体験ができる場所のひとつだと思います。

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