長田神社(神戸)参拝記|1800年続く「長田さん」の御朱印と赤えい絵馬の不思議
2026年7月14日、平日の午前。神戸市営地下鉄の長田駅を出た瞬間、アスファルトの照り返しに思わず足が止まりました。真夏の神戸は、想像していた以上に暑い日でした。
それでも、長田神社前商店街のアーケードを北へ北へと歩いていくと、ふっと視界が開けて鳥居が現れます。そこから先は、さっきまでの街の空気とはまるで別物でした。
驚いたのは、境内にほとんど人がいなかったことです。神戸を代表する名社で、初詣には3日間で100万人を超える参拝者が訪れると言われる場所。それが、平日の昼間はこんなにも静かなのかと。結果として、1800年の歴史を持つ境内を、ほぼ独り占めするような時間になりました。

長田神社とは?まず押さえたい3つのポイント
- 神戸市長田区にある、西暦201年創祀と伝わる名社。生田神社・湊川神社と並ぶ「神戸三社」の一社です
- 御祭神は事代主神。「えびすさま」「福の神」として、商売繁盛・開運招福・厄除けのご神徳で知られます
- 御朱印は3種類(各500円)。地元では「長田さん」の愛称で親しまれています
「神戸」という地名そのものが、この神社に由来しているという話をご存知でしょうか。詳しくは後ほど触れます。
商店街を抜けた先にある、街なかの杜
長田神社の参道は、少し変わっています。いわゆる荘厳な並木道ではなく、生活感たっぷりの商店街がそのまま参道になっているのです。
八百屋さん、お惣菜屋さん、昔ながらの喫茶店。アーケードの下を5分ほど歩くと、突然その先に緑の塊が見えてきます。入口の社碑には「官幣中社長田神社」の文字。明治29年(1896年)に列格された、その名残です。
鳥居をくぐると、空気がはっきりと変わります。街の真ん中にありながら、ここだけが別の時間で動いているような感覚がありました。
御祭神・事代主神と、1800年の由緒
長田神社の創祀は『日本書紀』に記されています。
神功皇后摂政元年(西暦201年と伝わります)の春2月。新羅からの帰還の途中、武庫の水門で神託が下りました。
「吾を御心(みこころ)長田の国に祠(まつ)れ」
このお告げを受け、山背根子の娘である長媛が奉仕者となって創祀されたと伝えられています。2001年には御鎮座1800年を迎えました。
御祭神の事代主神は、父神である大国主神の「国譲り」の大業を助けた神様です。恵美主さま、福の神とも讃えられ、商工業をはじめあらゆる産業の守護神として崇敬されてきました。
正式な御尊号は「於天事代 於虚事代 玉籖入彦 厳之事代主神(あめにことしろ そらにことしろ たまくしいりひこ いつのことしろぬしのかみ)」。天上界も地上界もすべての物事を照覧し、知り、守り、教え導く神様、という意味が込められています。

「神戸」の地名は、この神社から生まれた
平安時代、長田神社は延喜式で名神大社に列し、さらに祈雨八十五座のひとつにも数えられました。そして朝廷から神戸(かんべ)41戸が与えられます。
神戸(かんべ)とは、神社の祭儀を支えるために定められた民戸のこと。この「神戸」が、そのまま今の神戸(こうべ)という地名の由来になったと伝えられています。港町のイメージが強い神戸ですが、その名前の起点はこの静かな杜にあった、というわけです。
かつては「チキンテンプル」と呼ばれていた
古伝によれば、事代主神は「鶏鳴の聞こゆる里は、吾が有縁の地なり」ともお告げになったとされます。この言い伝えから、にわとりが神の使いとして尊ばれるようになりました。
かつては奉納された鶏が境内に放し飼いにされ、群れ遊んでいたそうです。その光景を見た外国人からは「チキンテンプル」と呼ばれ親しまれていた、という記録が残っています。
境内の見どころ
楼門と廻廊が生む、静かな緊張感
参道を進んだ先に現れる神門と廻廊。ここが個人的には一番印象に残りました。
朱塗りの柱が左右に伸びていく構図は、街の喧騒の記憶をきれいに断ち切ってくれます。人がいないぶん、自分の足音だけが廻廊に反響する。それがかえって、これから神域に入るのだという意識をつくってくれました。

拝殿での20分
拝殿の前に立ったとき、後ろにも横にも誰もいませんでした。
参拝の作法を急ぐ必要もなく、二礼二拍手一礼のあいだ、ただ静かに手を合わせていられる。名の知れた神社でこの状態になることは、そう多くありません。平日の午前という時間を選んだご褒美のようでした。
滞在時間は20分ほど。短い時間でしたが、密度としては十分すぎるほどでした。

樹齢800年超の御神木と、赤えいの伝説
御本殿の裏手に回ると、楠宮稲荷社があります。そのそばに立つのが、幹回り約5メートル、樹高約30メートル、樹齢推定800年強という楠の御神木です。
見上げた瞬間、素直に息をのみました。真夏の日差しを枝葉が遮って、根元だけがひんやりとした別の空間になっています。
この御神木には、変わった伝説が残っています。
6世紀頃の初秋のこと。台風の暴風雨で増水した苅藻川を、繁殖のために岸辺へ寄ってきた赤えいの群れが遡り、水に浸かった境内へ入り込みました。近くの人が捕まえようと追いかけたところ、この楠の付近でぷつりと見失ってしまったのです。
人々は「あの赤えいは神様の化身に違いない」と語り合い、以来この楠は神の化身「赤えい」が宿る御神木として崇敬されるようになりました。
当時の赤えいは、安価で貴重なたんぱく源。今でいう牛肉に匹敵するごちそうだったといいます。その赤えいを食べることを断って願掛けをする習わしが生まれ、やがて腫物、とくに痔疾に効き目があるという評判が広まりました。
御神木の周囲の透垣には、赤えいを描いた絵馬がびっしりと掛けられています。この絵馬の始まりは明治25年(1892年)頃。稲荷社の井戸のそばで茶店を営み、放し飼いの鶏の餌になる大豆を売っていた谷本もんというお婆さんが、尾の毒針を取り除いた赤えいの絵馬をつくって参拝者に勧めたのが最初とされます。茶店は大正13年(1924年)の火災で焼失し、以降は神社が引き継いで今日まで授与を続けています。

見落としがちな末社とスポット
境内には末社や見どころが点在しています。20分では回りきれず、心残りになった場所もありました。
| スポット | ご祭神・内容 |
|---|---|
| 楠宮稲荷社 | 倉稲魂神。衣食住の神、病気平癒の神 |
| 蛭子社 | 蛭子神。商売繁盛の神 |
| 出雲社 | 大国主神。事代主神の父神で、縁結びの神 |
| 月読社 | 月読神。夜の平安を守る神 |
| 松尾社 | 大山咋神・春日大神。山の神、酒造りの神 |
| えびす像・大黒像 | 御神木の前に並んで鎮座 |
| 眼鏡碑・百度石・絵馬殿 | 境内各所に点在 |
| 祓戸のさざれ石 | 参道沿い |

御朱印は3種類。今回いただいたのは1つ
長田神社の御朱印は、社務所(会館の自動ドアを入ってすぐ)でいただけます。種類は3つで、初穂料はいずれも500円です。
| 御朱印 | 内容 |
|---|---|
| 長田神社 | 本社の御朱印 |
| 楠宮稲荷社 | 境内末社。五穀豊穣・商売繁盛・病気平癒 |
| 恵比須神 | 神戸七福神の一社として。日付は入りません |
今回いただいたのは、本社である長田神社の御朱印1種類です。誰も並んでいない社務所で、静かに墨が置かれていく音を聞きながら待つ時間は、それ自体が参拝の続きのようでした。
残る2種類は次回の宿題です。とくに恵比須神の御朱印は、神戸七福神めぐりの一環でいただくもの。ちなみに神戸七福神の他の6社は、弁財天が生田神社、毘沙門天が湊川神社、大黒天が大龍寺(再度山)、布袋尊が天上寺(摩耶山)、寿老人が念仏寺(有馬)、福禄寿尊が須磨寺となっています。
御朱印の受付時間は9時から16時まで。開門時間より授与所の受付時間の方が短いので、御朱印が目的なら午前中の訪問が安心です。
※内部リンク候補:生田神社の参拝記事

震災から立ち上がった社頭と、7月14日という日付
参拝を終えてから知って、少し不思議な気持ちになったことがあります。
平成7年(1995年)1月17日の阪神・淡路大震災で、長田神社は甚大な被害を受けました。倒壊こそ免れたものの、本殿以下の社殿は東西に動き南北に傾く半壊に近い状態。附属舎は全壊し、慶安三年(1651年)奉納の馬場先大鳥居をはじめとする4基の大鳥居、そして約80基の灯籠と石造物はすべて損壊しました。
氏子や崇敬者の奉賛によって復旧事業が進み、三年の歳月と約3億円をかけて、社頭は震災前の佇まいを取り戻します。その竣工奉告祭が斎行されたのが、平成12年(2000年)7月14日でした。
私が訪れたのは、2026年7月14日。まったくの偶然ですが、この社頭が「戻ってきた日」と同じ日に、その静けさの中に立っていたことになります。
さらに震災当日から、参集殿は臨時避難所として開放され、水道もガスも止まった不便のなかで約1か月間、150名ほどが暮らしました。境内は連絡場所として、また炊き出しの拠点として使われたといいます。
商店街を抜けた先にある街なかの杜という立地は、観光的にはやや地味に映るかもしれません。けれどそれは、この神社がずっと人々の生活のすぐ隣にあり続けたことの証でもあるのだと思いました。

長田神社のよくある質問
長田神社のご利益は何ですか?
御祭神の事代主神は、商工業をはじめあらゆる産業の守護神とされています。商売繁盛、開運招福、厄除解除がおもなご神徳です。また境内末社の楠宮稲荷社と御神木には病気平癒、とくに痔疾平癒の信仰があります。
御朱印はいくらですか?何種類ありますか?
長田神社、楠宮稲荷社、恵比須神の3種類で、初穂料はいずれも500円です。社務所で受け付けており、時間は9時から16時までとなっています。
参拝の所要時間はどのくらいですか?
拝殿への参拝と御神木、御朱印だけなら20分ほどで回れます。末社をひと通り巡り、絵馬殿や宝物殿も見るなら40分から1時間ほどみておくと余裕があります。
混雑を避けるならいつ行くのがおすすめですか?
平日の午前中が狙い目です。初詣期間は3日間で100万人を超える参拝者が訪れる神社ですが、平日の日中はほとんど人に会いませんでした。
神戸三社とは何ですか?
長田神社、生田神社、湊川神社の3社を指します。それぞれ商売繁盛、縁結び、開運必勝の神様として知られ、3社を巡る「神戸三社参り」も親しまれています。

アクセス・基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 長田神社(ながたじんじゃ) |
| 所在地 | 兵庫県神戸市長田区長田町3-1-1 |
| 電話 | 078-691-0333 |
| 御祭神 | 事代主神 |
| 創祀 | 神功皇后摂政元年(西暦201年と伝わる) |
| 開門時間 | 4月〜9月は5時〜18時、10月〜3月は6時〜18時 |
| 授与所・御朱印受付 | 9時〜16時 |
| 御朱印初穂料 | 各500円(3種類) |
| 参拝料 | 無料 |
| 電車 | 神戸市営地下鉄「長田(長田神社前)駅」、または阪急・阪神・山陽「高速長田駅」から長田神社前商店街を北上して徒歩約5分 |
| バス | 市バス3・4・17系統「長田神社前」下車すぐ |
| 札所 | 神戸三社、神戸七福神(恵比須神)、神仏霊場巡拝の道第71番 |
※開門時間・受付時間は変更の可能性があります。参拝前に公式サイトでご確認ください。
夏の平日に訪れて感じたこと
長田神社は、派手な神社ではありません。絶景があるわけでも、SNS映えする仕掛けがあるわけでもない。商店街を抜けた先に、ただ静かにある神社です。
でも、だからこそ良かったのだと思います。
誰もいない廻廊を歩き、誰も並んでいない拝殿で手を合わせ、樹齢800年の楠を独りで見上げる。真夏の平日の午前という、いわば誰もが避ける時間帯に来たからこそ得られた20分でした。
1800年前の神託から始まり、震災で崩れ、また立ち上がって、今も「長田さん」と呼ばれ続けている場所。次に訪れるときは、残る2種類の御朱印をいただきながら、もう少しゆっくり末社を巡ってみたいと思っています。
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