渕上裕太の写真が、見て見ぬふりをやめさせた。「見るまえに跳べ 日本の新進作家vol.20」東京都写真美術館レポ
2024年1月21日、恵比寿ガーデンプレイスに足を踏み入れたのは昼すぎのことでした。その日は「見るまえに跳べ 日本の新進作家vol.20」の会期最終日。東京都写真美術館を訪れたのは、ある意味では駆け込みでした。
JR恵比寿駅の東口を出て、動く歩道を進むとガーデンプレイスのレンガ造りの建物が視界に入ります。館内3階の展示室へ向かうと、まず目に入ったのは写真の並び方の独特さでした。ただ額に入った作品が壁に並んでいる、という感じではなく、見る者を展示の「空間」に引き込むような構成。そのなかで渕上裕太の作品群は、入った瞬間に視線を引き寄せてきました。
「見るまえに跳べ 日本の新進作家vol.20」とは
東京都写真美術館が2002年から継続してきた「日本の新進作家」展の第20回目にあたる本展は、写真や映像の可能性に挑む気鋭の作家を紹介する企画展です。今回は以下の5名が参加しました。
- うつゆみこ
- 渕上裕太
- 星玄人
- 夢無子
- 山上新平
テーマは「不確かな時代を生き抜く駆動力」。テロ、震災、コロナ禍、戦争と、21世紀に私たちの日常を揺さぶってきた出来事を背景に、それでも生き、見つめ、撮り続けた作家たちの視点が交差する展示でした。5人それぞれが異なるアプローチで「今、ここにある人間」を捉えており、比べながら見ることでそれぞれの個性がより鮮明になります。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 会期 | 2023年10月27日(金)〜2024年1月21日(日) |
| 会場 | 東京都写真美術館 3階展示室(恵比寿ガーデンプレイス内) |
| 参加作家 | うつゆみこ、渕上裕太、星玄人、夢無子、山上新平 |
| 観覧料 | 一般700円 / 学生560円 / 中高生・65歳以上350円 |






渕上裕太とはどんな写真家か
1987年生まれ、岐阜県出身。もともと自動車整備士として働いていた渕上裕太は、写真専門学校に入学したことで写真の世界に踏み込みます。そこで出会ったのが、鬼海弘雄の写真集でした。浅草の路上で出会った人々をポートレートに収め続けた鬼海の仕事は、渕上にとって決定的な影響を与えることになります。
「カメラを通じて人間を理解したい」という動機から、被写体は自然と「人」へ向かいます。2016年からは「路上」と題したシリーズをスタートし、路上で出会った興味深い人物に自ら声をかけ、会話し、その一瞬をポートレートとして撮影するというスタイルを確立してきました。
現在は東京・四谷のトーテムポールフォトギャラリーのメンバーとして活動中。2022年には塩竈フォトフェスティバルでグランプリを受賞し、受賞を記念した初の写真集「上野公園」が刊行されています。写真集には2020年3月から2023年5月にかけて上野公園で撮影された作品が収録されており、彼が長年この場所に惹かれ続けてきたことが伝わってきます。





展示室に入って最初に感じたこと
5人の作家が参加する本展ですが、展示の構成が面白いと感じたのは、各作家のゾーンが単純に区切られているだけではなく、展示全体として「見る体験」が設計されているように感じられたからです。隣り合う作家の作品が互いに響き合い、歩きながら視界が変わるたびに別の問いが浮かんでくるような感覚でした。
渕上裕太のパートに差しかかると、上野公園で撮られた人々の写真が壁を埋めていました。写真の大きさ、密度、並び方のすべてが、見る者を上野公園という場所に引きずり込むような力を持っていて、美術館の静かな展示空間にいながら、どこか別の場所にいるような感覚になりました。
被写体との「距離感」が生み出す緊張感
渕上の写真でまず気になるのは、被写体との距離の近さです。声をかけて、話して、撮る。そのプロセスが写真に焼き付いているのか、撮られている人の表情や目線に、どこか「今、この瞬間」の緊張と温度が宿っています。
遠くから望遠で切り取った写真とは全然違います。被写体がこちらを意識していて、それでもシャッターが切られている。その「一瞬の合意」のようなものが作品全体に張り詰めた空気を生み出していて、見ているこちらもその緊張の輪に引き込まれていくような感覚がありました。
上野公園の写真が持つリアルさ
渕上裕太が特に惹かれ続けているという上野公園を舞台にした作品群は、「場所のリアルさ」という点で際立っていました。
観光客も、地元の常連も、様々な事情を抱えた人も、同じ公園で時間を共にしている。そのごった煮感、生活感、人の匂い。写真の中にそれが確かに存在していて、恵比寿の美術館の展示室にいながら、上野の空気が流れ込んでくるような瞬間がありました。




「見て見ぬふり」をやめさせる写真の力
展示を見終えてから、しばらくそのことを考えていました。
渕上裕太の写真に写っているのは、特別な人々ではありません。街を歩けば目に入る、あの光景です。でも私たちはたいてい、それをそっと視界から外します。無意識に、失礼にならないように、あるいは自分の気持ちを守るために。
「とにかくリアルで生々しい。目にする光景ではあるが、どこか見て見ぬふりをしていた部分」。あの展示を見て正直に浮かんだ感想がこれでした。
渕上の写真は、その「見て見ぬふり」を静かに剥ぎとってきます。怒鳴るわけでも、主張するわけでもない。ただそこに存在する人間を、真正面から見せるだけ。それがこんなにも刺さるのは、こちらの「慣れ」や「よそ見」を鏡のように映し出してくるからかもしれません。
写真家が被写体に真剣に向き合ったぶんだけ、見る者も向き合わざるを得なくなる。渕上裕太の作品には、そういう種類の誠実さがあると感じました。「また見たい」と思わせてくれる写真家に出会えることは、それほど多くありません。


東京都写真美術館 基本情報
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内 |
| アクセス | JR・東京メトロ日比谷線 恵比寿駅東口から徒歩約7分(動く歩道あり) |
| 開館時間 | 10:00〜18:00(木・金曜は20:00まで) |
| 休館日 | 毎週月曜(月曜が祝日の場合は翌平日休) |
| 公式サイト | topmuseum.jp |
恵比寿ガーデンプレイスの中にある美術館なので、展示を見たあとに周辺をぶらぶらしたり、カフェで余韻を楽しんだりするのもおすすめです。館内の動線も見やすく整備されていて、複数の展示が同時進行している場合でもストレスなく回れます。
「日本の新進作家」展は毎回テーマと作家を変えながら続いているシリーズなので、公式サイトをときどきチェックしておくと次の開催を見逃さずに済みます。

おわりに
会期最終日に駆け込んで正解でした。「また来たい」と思わせてくれる展示に出会えることは、そう多くありません。東京都写真美術館の「日本の新進作家」シリーズは、次回も必ずチェックしようと決めた理由のひとつになりました。
渕上裕太の写真は、見ている自分自身を問い直してくる力があります。展示が終わっても、その感触はしばらく続きます。写真って、そういうものだったと思い出させてくれる体験でした。
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