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宮崎県 宮崎神宮

宮崎神宮は、日本の初代天皇である神武天皇(神日本磐余彦天皇:かむやまといはれひこのすめらみこと)を主祭神とし、相殿には左に御父君鵜葦草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、右に御母君玉依姫命(たまよりひめのみこと)が祀られている歴史ある神社です。昔は「神武天皇宮」または「神武天皇社」と呼ばれており、地元民からは親しみを込めて「神武さま」と呼ばれています。

宮崎神宮は、昭和天皇が7回も御参拝されるほど皇族方からの信仰が篤く、また正月の初詣時には宮崎県内外から多くの参拝客が訪れます。

神武天皇は45歳で日本統治にふさわしい土地を求め、日向の国を出発し、数々の困難を乗り越え、大和(現在の奈良県)で日本国を統一し、第1代天皇となりました。このとき出発したとされる日向市美々津地区には、御船出の場所として今も多くの逸話が残されています。

宮崎神宮の創建時期は定かではありませんが、崇神天皇の時または景行天皇の熊襲征討の際に造営されたと伝えられています。現在の社殿は明治40年に建て替えられ、日向の狭野材を使用した白木造り・銅板葺きの古代神社様式である神明造り(しんめいづくり)で作られています。宮崎神宮の神明造りは、伊勢神宮と同じく破風板が屋根から突き出た千木に棟上には鰹木が7本配置されていますが、千木の形式や鰹木の数などに違いがあります。

宮崎市江平一の鳥居から二の鳥居まで約2kmの参道は、真っ直ぐに梛(なぎ)の並木が続き、神宮の森へと誘います。二の鳥居から三の鳥居まで約300m、参道には玉砂利が敷かれ、両側にはうっそうとした神宮の森が広がり、宮崎を代表する照葉樹が生い茂っています。

三の鳥居から神門まで約200m、引き続き玉砂利が敷かれた参道が続き、両側を覆う照葉樹の森に囲まれています。この静かな参道を歩きながら、神聖な気持ちに包まれることでしょう。神門をくぐると、石畳が拝所まで続き、その両側には整然と掃き清められた玉砂利が敷かれています。

拝所も神門と同じ神明造りで、突き出た千木に5本の鰹木が乗っています。拝所は私たちがお参りする場所で、その奥には拝殿があります。拝殿の左側には神饌所(お供え物を調理する場所)、右側には御料屋(神事を行うための道具類を保管する一種の倉庫)があり、中央奥には正殿が位置しています。正殿は隙塀に隠れており、ほとんど見ることはできませんが、静かに佇んでいます。

宮崎神宮は、歴史と自然に囲まれた神聖な空間で、訪れる人々に癒しと安らぎを提供してくれます。神武天皇を祀るこの神社は、日本の歴史と文化を感じることができる場所として、多くの参拝客に愛され続けています。

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