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2025年7月23日、私は祇園祭の熱気渦巻く京都の中心部から洛北へと足を延ばしました。四条通の人混みや山鉾の音色が次第に遠ざかる中で迎えてくれたのは、「しょうざん 峰玉亭」。あの瞬間から、私の心は静謐な余韻に包まれ、まるでひそやかな祈りの中に身を置くような感覚に変わっていきました。

今年は特別な年でした。峰玉亭は2025年7月11日から9月30日まで、「京の夏の旅」特別公開として一般に開放されていたのです。公開は2014年以来11年ぶり。しかも今回はガイド付きツアー形式で、建物と庭園の歴史や意匠を丁寧に案内してもらえる貴重な機会。訪問日は祇園祭の後祭期間の真っ只中でしたが、この場所に一歩足を踏み入れた瞬間、外界との温度差に心がすっとほどけていくのを感じました。

基本情報

  • 所在地:京都市北区衣笠鏡石町47(しょうざんリゾート京都内)
  • アクセス
    • 京都駅から市バス6系統「土天井町」下車 徒歩約5~8分
    • 地下鉄烏丸線「北大路」駅から市バス北1系統「土天井町」下車 徒歩約5分
  • 公開期間(2025年):7月11日〜9月30日(ガイドツアー制)
    • 10:00〜16:30(16:00受付終了)
    • 9月6日は12:00まで(11:30受付終了)
  • 入場料:大人800円、小学生400円(庭園を含む)

光が織り成す、優しく澄んだ世界

障子越しに差し込む光が、北山杉の深い緑や煤竹の褐色にやわらかく触れ、空間に新たな息吹を与えていました。私が腰掛けた縁側には、木漏れ日が苔のじゅうたんに模様を描くように降り注ぎます。その光は一瞬一瞬で表情を変え、翡翠色から黄金色へ、そしてまた深緑へと溶け込み、苔の奥底に潜む静かな生命を照らしていました。

苔と水が奏でる、瞑想のような調べ

庭に出ると、苔の柔らかな感触が足裏から伝わり、せせらぎの音が耳を満たします。水は急がず、しかし確かに流れ、苔と小石のあいだを抜けていく。その響きは、祇園祭の賑わいを消し去るためではなく、忘れていた心のリズムを静かに呼び戻すために存在しているようでした。

建築の隅々に刻まれた数寄の美意識

峰玉亭は、西陣織業「しょうざん」の創業者が昭和30年代に迎賓館として建てたもの。南天の床柱は凛とした存在感を放ち、欅の一枚板の床は艶をたたえていました。煤竹や竹材、北山杉が巧みに用いられた室内は、年月を重ねた木材が放つ香りに包まれ、どこか温もりと厳かさが同居していました。

襖絵が静かに語りかける、時代の詩

「栖鳳の間」には、竹内栖鳳の筆による雀の掛軸が飾られていました。ふわりと描かれた羽毛は温かく、見る者の心を解きほぐします。狩野派の襖絵は雄大で端正、円山応挙や伊藤若冲とされる作品には生命の躍動が宿り、まるで襖の向こうにもう一つの宇宙が広がっているかのようでした。

庭園の四季と周辺の魅力

峰玉亭を抱くしょうざん庭園は、約3万5千坪の広大な回遊式庭園。北山台杉や紀州青石を配し、梅や菖蒲、紅葉といった四季折々の彩りを楽しむことができます。春の芽吹き、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪景色──それぞれが全く異なる表情を見せ、訪れるたびに新鮮な感動を与えてくれます。

庭園内には茶室や料亭も点在し、会席料理や甘味を味わいながら、ゆったりとした時間を過ごすことができます。また、しょうざんリゾート全体には渓涼床や染色体験施設などがあり、観光と文化体験を同時に楽しめるのも魅力です。

祇園の喧騒と洛北の静謐、その「間」に生まれた余白

祇園の熱気を離れ、洛北の静寂に身を置くと、そこにはただ「静か」というだけではない、深い余白が広がっていました。その余白は、訪れる人が自分自身と向き合い、美と時間を受け止めるための舞台のようでもありました。特別公開という一期一会の機会に、この空間を味わえたことは、まさに幸運でした。

心は、いまもその場所に在る

光、苔、水、木、そして絵。そのすべてが私の心の奥にしっかりと刻まれています。峰玉亭で過ごしたひとときは、単なる旅の記憶ではなく、これからも心を支えてくれる静かな宝物になりました。

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