光と冥界、空間と作品の対話。ケリス・ウィン・エヴァンス展×「Obol」展、4月25日の記録
2026年4月25日、二つの展覧会をはしごしました。
一つは、草月会館1F 石庭「天国」で開催されていたケリス・ウィン・エヴァンスの個展。もう一つは、銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで開催中のアンドリウス・アルチュニアンの「Obol」展です。
ジャンルも会場も異なる二つですが、両方に共通して感じたのは「空間と作品の調和がとにかくすごい」ということでした。展覧会の良し悪しって、作品単体の力だけじゃなく、その場所との相性に大きく左右されると改めて感じた一日でした。
この記事で紹介する2つの展覧会
| ケリス・ウィン・エヴァンス展 | 「Obol」展 | |
|---|---|---|
| アーティスト | ケリス・ウィン・エヴァンス | アンドリウス・アルチュニアン |
| 会場 | 草月会館1F 石庭「天国」(東京・赤坂) | 銀座メゾンエルメス ル・フォーラム 8・9階 |
| 会期 | 2026年3月28日〜4月25日 | 2026年2月20日〜5月31日 |
| 開館時間 | 10:00〜17:00 | 11:00〜19:00(入場は18:30まで) |
| 休館日 | 毎週日曜日 | 毎週水曜日 |
| 料金 | 無料 | 無料 |
| 主催 | タカ・イシイギャラリー | エルメス財団 |


草月会館1F 石庭「天国」でのケリス・ウィン・エヴァンス展
丹下健三 × イサム・ノグチという、唯一無二の舞台
草月会館は、建築家・丹下健三が設計した建物です。1977年に竣工し、大胆な造形と重厚な存在感を持つこの空間の1階には、彫刻家イサム・ノグチが手がけた石庭「天国」があります。
石、水、そして沈黙。イサム・ノグチの石庭には、日本庭園の形式を踏まえながらも、どこか普遍的な「場」の感覚があります。切り出した石がただそこに在るだけで、空間に緊張感と静けさを同時にもたらしています。丹下健三の力強い建築と、ノグチの有機的な石庭が共存するこの場所は、展覧会がなくても一度は訪れてほしいくらい、特別な空間です。
そして草月会館といえば、もう一つの文脈があります。華道の流派である草月流の拠点であるこの建物は、創流以来「前衛」を大切にしてきた場所です。生け花を芸術表現として解放した草月流の精神は現代アートとの相性がきわめてよく、それが今回のような展覧会を生み出す土壌になっています。
ケリス・ウィン・エヴァンスとはどんなアーティストか
ケリス・ウィン・エヴァンスは、ウェールズ出身のコンセプチュアルアーティストです。光、音、言語を主な素材とし、ネオン管や蛍光管を使った作品で国際的に知られています。「情報を伝達するメディアとしての光」という視点を持ち、テキストをネオン化することで「読まれるもの」から「見られるもの・感じられるもの」へと変換していく手法が特徴的です。
本展は草月会館での個展の三部作、その最終章にあたります。2018年、2023年と続いてきた草月会館との対話は8年以上におよびます。同じ場所を繰り返し選び、深めていくという姿勢は、この石庭というフィールドがアーティストにとっていかに重要かを物語っています。
本展はタカ・イシイギャラリーの主催で開催されました。



展示作品について。ネオン、プルースト、そして音のモビール
本展に展示された作品は、大きく3つに分けられます。
一つ目は、青森・弘前のリンゴをモチーフにした大型の抽象ネオン作品です。空中に光で描かれたような柔らかく複雑な光の軌跡は、石庭の無機質な石の質感と対をなしながら、どこか溶け合っているようでもありました。ネオンが纏う柔らかな発光は、屋外の自然光ではなく、この閉じた石庭の空間だからこそ際立つものがあります。
二つ目は、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の日本語訳(吉川一義訳)の一部をネオン化した作品です。文字がネオン管という物体になることで、言葉は「読むもの」ではなく「見るもの」に変わります。テキストの意味は少し遠のき、代わりに光の線として身体に直接届いてくるような感覚がありました。プルーストの「記憶」と「時間」というテーマと、石庭という場所の持つ時間感覚が、不思議なかたちで交差していました。
三つ目は、空中に吊るされた音を発するモビール作品です。わずかな動きに合わせて音が生まれ、石庭の静寂の中にかすかな響きを生み出していました。目に見えない空気の動きが作品を動かし、その動きが音になる。視覚と聴覚が静かに交差する体験でした。
最終日の15時、予想外の人波
訪れたのは4月25日の15時頃で、まさに展覧会の最終日でした。
多少の混雑は予想していましたが、それをはるかに超える来場者数に少し驚きました。どこで知ったのか不思議なくらい、多くの人がこの石庭に集まっていました。口コミやSNSで静かに広がっていたのでしょう、最終日ならではの熱気のようなものを感じました。
それでも、作品と空間の調和は揺らぎませんでした。むしろ、これだけ多くの人がこの場所に引き寄せられていることが、展覧会の力を証明しているようでした。丹下健三の建築、イサム・ノグチの石庭、ケリス・ウィン・エヴァンスのネオンと音。三者がひとつの場に共存している様子は、美術館のホワイトキューブでは生まれない種類の体験です。


銀座メゾンエルメス ル・フォーラムでの「Obol」展
タイトル「Obol」が意味するもの
「Obol(オボル)」とは、古代ギリシャにおいて、死者が冥界の川(ステュクス川)を渡るための渡し賃として口に含ませた銀貨のことです。あの世への「入場料」とも言えるこの概念をタイトルに掲げた本展は、アルメニアとリトアニアにルーツを持つアーティスト・作曲家、アンドリウス・アルチュニアンの日本初個展として銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで開催されています。
「未来の冥界」というテーマを聞いたとき、どんなイメージを持ちますか。陰鬱で暗い世界ではなく、アルチュニアンが描くのは「地下レイヴの美学」を通した、神話と音楽と陶酔が交差する空間です。「冥界者のためのクラブ」という言葉は、ダークでありながらどこかエネルギッシュな印象を与えます。
アンドリウス・アルチュニアンとはどんなアーティストか
1991年生まれのアルチュニアンは、作曲家・アーティストとして音楽と視覚芸術の境界を横断する活動を続けています。ヴェネチア・ビエンナーレへの参加歴を持ち、国際的に注目を集める存在です。秘教的な文献や神話の断片、トランス状態、消失の象徴といったモチーフを扱い、時間・未来・神話についての問いを投げかけてきます。
本展はエルメス財団の主催として実現した日本初個展であり、ゲスト・キュレーターはオルタナティヴなキュラトリアルの実践で知られるThe 5th Floorディレクター、岩田智哉氏が担当しています。








9階から始まり8階へ。冥界に降りていく展示構成
この展覧会の面白さのひとつは、展示の動線そのものが体験になっている点です。鑑賞は9階から始まり、8階へと降りていきます。物理的に「下へ」移動するという行為が、「地上から冥界へ」という感覚と自然に重なります。美術館の展示でよくある「順路にそって進む」という行為が、ここではテーマと一致した身体的な体験として機能しています。
作品には、「瀝青(れきせい)」と呼ばれる素材が用いられています。ピッチやビチューメンとも呼ばれるこの黒い物質は、かつては宗教的・儀式的な文脈で聖なるものとして扱われてきましたが、現代では道路舗装材など世俗的な用途に広く使われています。「かつて聖だったものが、いまは俗になっている」という素材の履歴が、冥界というテーマと静かに響き合います。
秘教的な文献の断片、神話のモチーフ、消失の象徴。それらが「地下レイヴ」的な美学の中で組み合わさり、時間・未来・神話についての問いを投げかけてきます。
16時に訪れて感じたこと。次は夜に来たい
訪れたのは16時頃です。銀座メゾンエルメスのル・フォーラムは、ガラスブロックで覆われた独特の外観が特徴的で、昼間でもふわりとした特別な光の入り方をします。その空間に「Obol」展の世界観が展開されていて、空間と作品のマッチングの良さをすぐに感じました。
「未来の冥界」というテーマを持つ展覧会は、外の光が完全に消えた後、つまり夜に訪れると、また違う体験になるのではないかと思いました。銀座の夜の街の中、ガラスブロック越しに差し込む光、そして瀝青と音で構成された冥界の空間。次は閉館に近い夜の時間帯に訪れてみたいと思っています。
なお入場は無料で、5月31日まで開催しています。水曜日が休館日なので、訪問前に確認してから向かうのがおすすめです。



2つの展覧会を通じて感じたこと
4月25日に訪れた二つの展覧会に共通していたのは、「作品がその場所に置かれるべくして置かれている」という感覚でした。
草月会館の石庭とケリス・ウィン・エヴァンスのネオン、銀座メゾンエルメスの空間とアルチュニアンの冥界的世界観。どちらも、別の場所に移したら成立しないような、場所と作品の一体感がありました。
良い展覧会には、作品そのものの力だけでなく、「場所の選択」という目に見えにくい仕事があります。この日の二つの展覧会は、その見えにくい仕事が際立っていた体験として、しっかりと記憶に残っています。ケリス・ウィン・エヴァンス展はすでに終了してしまいましたが、「Obol」展は5月31日まで。まだ間に合います。

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