記憶と影が立体になる瞬間|KYOTOGRAPHIE 2026 レボハン・カニエ「記憶のリハーサル」東本願寺 大玄関
2026年4月19日、朝10時。
東本願寺の大玄関に足を踏み入れたのは、開門直後のいちばん静かな時間帯でした。観光客がまだほとんどいない境内には、春の柔らかな空気が満ちていて、木造建築特有の静けさが漂っていました。
国内最大級の木造建築群が並ぶ荘厳な空間に、南アフリカ・ヨハネスブルグ出身のアーティスト、レボハン・カニエの作品が展示されているということ——その組み合わせを想像しながら中に入ると、予想をはるかに超える体験が待っていました。
30分間、シャッターを切りながら、とにかく圧倒されていました。その場を後にしてから頭に浮かんだのは、「写真の概念そのものを拡張するような体験」という言葉です。今年のKYOTOGRAPHIE訪問の中でも、間違いなく「新しい表現で好きな作品」のひとつになりました。



KYOTOGRAPHIE 2026とは?
KYOTOGRAPHIE(キョウトグラフィー)は、2013年にスタートした京都国際写真祭です。毎年春に京都市内のさまざまな歴史的建造物や文化施設を会場として開催され、世界中から写真家・アーティストが参加します。
2026年のテーマは「EDGE(エッジ)」。境界、分断、接触、移ろい、葛藤、未知へ踏み出す瞬間 多義的な「縁」をめぐる思考を促すキーワードです。世界8ヶ国から13組のアーティストが参加し、2026年4月18日から5月17日まで開催中です(※内部リンク候補:KYOTOGRAPHIE 2026 全体レポート記事)。
今年の特徴のひとつは、南アフリカにゆかりのある写真家が複数参加していること。レボハン・カニエ、アーネスト・コール(前日4月18日に鑑賞)、そして後日記事化予定のピーター・ヒューゴ(A4 ARTS FOUNDATION)と3組が揃い、南アフリカのコンテンポラリー写真の層の厚さを体感できる構成になっています。
私にとってKYOTOGRAPHIEは2024年・2025年・2026年と3年連続の訪問です。今年は4月18〜19日の2日間で13アーティスト/会場を巡る訪問記シリーズ全10本のうち、これが7本目の記事になります(1〜6本目は森山大道、YVES MARCHAND & ROMAIN MEFFRE、LINDER STERLING、ANTON CORBIJN、THANDIWE MURIU、ERNEST COLEの各会場を扱っています)。



レボハン・カニエとはどんなアーティスト?
レボハン・カニエ(Lebohang Kganye)は1990年、南アフリカのヨハネスブルグ生まれの写真家・マルチメディアアーティストです。
その作品の核にあるのは「家族写真」「記憶」「アイデンティティ」という3つのテーマですが、彼女が向き合うのは個人の家族史にとどまりません。アパルトヘイトという歴史的文脈、ポストコロニアルな南アフリカの現実——重層的なテーマを、写真を立体的に切り出してコラージュするという独自の手法で可視化します。
写真を切り抜いてシルエットにし、段ボールや布とともに立体的に構成する「カードボード・カットアウト」の手法、ジオラマ式のライトボックス、パッチワーク・ファブリック、光と影を使ったインスタレーションなど、そのアプローチはまさに「拡張された写真」です。平面のメディアが空間へと変容していく様子は、単なる視覚体験を超えて、観る側の時間感覚そのものを揺さぶります。
2022年にFoam Paul Huf賞、2024年に写真界で最も権威あるとされるDeutsche Börse Photography Foundation Prize(ドイチェ・ベルゼ写真財団賞)、2025年にICP Infinity Awardと、近年の受賞歴は目を見張るものがあります。日本での本格的な個展は今回が初めてで、KYOTOGRAPHIE 2026での展示「記憶のリハーサル(Rehearsal of Memory)」は、その意味でも貴重な機会です。




東本願寺 大玄関という会場について
東本願寺(真宗本廟)は、1602年に徳川家康から土地を賜り創建された浄土真宗大谷派の本山です。京都駅からほど近い場所に位置しながら、その木造建築群の規模は世界最大級とも言われ、複数の建物が国の重要文化財に指定されています。
今回の会場となった「大玄関」は、境内の奥に位置する格式の高い玄関棟で、建築面積は約450m²。入母屋造の屋根を持ち、近代以降の大規模仏教寺院建築として高い品格を誇ります。普段は一般公開されていない空間で、KYOTOGRAPHIEのような機会でしか入ることができません。
朝10時という早い時間帯に訪れたことで、その静謐さはひときわ際立っていました。木の質感、柔らかな光の差し込み方、廊下の奥まで続く薄暗い空気 日本仏教の伝統空間が持つ固有の質感が、現代アフリカのコンテンポラリー写真と混ざり合う感覚は、まさに「EDGE(境界)」というテーマを身体で感じる体験でした。





展示「記憶のリハーサル」の世界
今回の展覧会タイトルは「記憶のリハーサル(Rehearsal of Memory)」。カニエの代表的な5つのシリーズが一堂に会します。
「Keep the Light Faithfully」「Mohlokomedi wa Tora」「Mosebetsi wa Dirithi」「The Sea Is History」「Ke Lefa Laka: Her-story」——それぞれ異なるアプローチを持つ作品群が、東本願寺 大玄関の空間の中に丁寧に配置されています。キュレーションはマリーナ・パウレンカ、シーノグラフィ(空間演出)は木西透(miso)が担当しています。
展示空間に足を踏み入れた瞬間、「ここに写真がある」というより「写真によってできた空間がある」という感覚を受けました。切り抜かれたシルエットが壁に立ち、影が床に落ち、光と暗闇が入り混じる——写真は通常、壁にかけられて「見られる」ものですが、ここでは空間そのものに溶け込み、鑑賞者を包み込んでいます。




写真を立体的に切り出す、その独自の手法
カニエの作品でとりわけ印象的なのは、写真を平面に留めないことへの強い意志です。
家族のアルバムから取り出した写真は、切り抜かれてシルエットになります。そのシルエットは段ボールや布とともに立体的に構成され、空間の中に影を落とします。光を当てることで影が生まれ、その影がまた「もうひとりの誰か」として壁に立ち現れる 記憶というものが、単なる過去の再現ではなく、現在に干渉してくる生きた力であることを、この手法は視覚的に証明してみせます。
鑑賞中に感じたのは「写真はここまで空間になれるのか」という純粋な驚きでした。写真というメディアへの思い込みを、やわらかく、しかし確実に外してくる体験です。


南アフリカ×東本願寺という圧倒的な文脈の衝突
KYOTOGRAPHIE 3年目にして改めて実感するのは、この写真祭が「なぜその会場なのか」という選択に徹底的にこだわっているということです。
アパルトヘイト時代の記憶を孕んだ南アフリカの家族写真が、日本仏教の総本山格の建物の中に置かれる。その二つの文脈は本来交わるはずのないものですが、「記憶」「時間」「喪失」というテーマにおいて、どこか深く響き合います。
東本願寺は何百年もの間、人々の死と向き合い続けてきた宗教空間です。カニエの作品もまた、写真という「死者の痕跡を記録する」メディアを通して、失われた人々の記憶を呼び起こします。会場と作品の間に生まれたこの静かな共鳴が、体験をひとつ上の次元に引き上げていました。
異文化・異文脈の衝突が生む豊かさ これこそがKYOTOGRAPHIEの醍醐味だと、今年も思い知らされました。
アクセスと基本情報
| 項目 | 内容 |
| 展覧会名 | LEBOHANG KGANYE「記憶のリハーサル」(Rehearsal of Memory) |
| 会場 | 東本願寺 大玄関(京都市下京区烏丸通七条上ル) |
| 会期 | 2026年4月18日(土)〜5月17日(日) |
| アクセス | JR京都駅から徒歩約7分 / 地下鉄烏丸線「五条駅」から徒歩約5分 |
| 入場料 | ※要確認:公式サイトでご確認ください |
| 公式サイト | KYOTOGRAPHIE 2026 公式 |
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