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2026年4月19日、正午ごろ。KYOTOGRAPHIEを訪れるのも今年で3年目になります。今年の2日目・最初の目的地は、室町通に構える老舗呉服商「誉田屋源兵衛」の「竹院の間」でした。

重厚な町家の引き戸をくぐると、廊下の先に広間が広がっています。静かで落ち着いた、畳と木の匂い。京都の老舗らしい、時間が積み重なった空気。

その空間に、突然、ビビッドな色彩が飛び込んできました。

赤、青、黄、緑。鮮烈なアフリカン・プリントの柄が、畳の広間の壁面を埋め尽くしている。そしてその布の中に、人が「溶け込んで」いる。

最初の10秒で浮かんだ言葉は「めちゃくてかっこよくておしゃれで色鮮やか」、それだけでした。

KYOTOGRAPHIE 2026とは?今年のテーマ「EDGE」について

KYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭)は、毎年4〜5月に京都市内の歴史的建造物や文化拠点を舞台に開催される、日本最大規模の国際写真祭です。2026年は4月18日から5月17日まで、今回で第14回を迎えます。

今年のテーマは「EDGE(エッジ)」。境界、分断、接触、移ろい、未知へ踏み出す瞬間。多義的な”縁”をめぐる動的な思考を促すキーワードです。日本・ケニア・フランス・南アフリカなど8ヶ国から13組のアーティストが参加し、THANDIWE MURIU(タンディウェ・ムリウ)もその一人です。

私自身は2024年・2025年・2026年と3年連続でKYOTOGRAPHIEを訪れています。今回は4月18日・19日の2日間で13会場を巡る旅。この記事は全10本のシリーズのうち5本目で、1〜4本目では森山大道、YVES MARCHAND & ROMAIN MEFFRE、LINDER STERLING、ANTON CORBIJNをレポートしました。

年々「会場と作品の組み合わせ」の設計が深まっていると感じています。「EDGE」というテーマのもと、今年もその精度がさらに上がっていました。

タンディウェ・ムリウとは?「CAMO」シリーズについて

タンディウェ・ムリウは、ケニア・ナイロビ出身の写真家です。ケニアの広告写真業界という男性優位の環境の中で活動してきた彼女は、女性のアイデンティティをテーマにした個人作品を制作し続けています。

代表作の「CAMO(カモ)」シリーズは、アフリカの伝統的な布「アンカラ・ワックス・テキスタイル」を背景に使い、同じ柄・色で仕立てた衣装とヘッドピースを身にまとった女性たちが布の中に溶け込んでいく肖像写真の連作です。

一見するとデジタル加工の作品のように見えますが、これはデジタル操作が一切ない、完全に物理的なセットアップによるもの。布と衣装の柄を完全に一致させ、人体が背景に消えていく視覚効果を手仕事だけで生み出しています。

テーマは「アイデンティティ」。布の中に消えることで、逆説的に「存在」が際立ってくる。女性として、ケニア人として、アフリカ人として、社会の中での自己をどう定義するのか。その問いが、鮮烈な色彩の奥にひっそりと埋め込まれています。

KYOTOGRAPHIE 2026では代表作「CAMO」シリーズとともに、京都でのレジデンス中に制作された新作も展示されました。

2会場展開

今回のムリウ展示の最大の特徴は「2会場同時展開」という構成です。

  • 1会場目:誉田屋源兵衛 竹院の間(室町通・中京区、12時ごろ訪問)
  • 2会場目:出町桝形商店街(出町柳・上京区、15時ごろ訪問)

各会場に約30分ずつ滞在し、合計1時間の体験でした。この2会場をセットでめぐることで、展示の意図が全身に届いてきます。なぜなら、この2つの場所は「真逆の文脈」を持っているからです。

1会場目|誉田屋源兵衛 竹院の間

誉田屋源兵衛は、江戸時代中期の創業から280年以上の歴史を誇る京都の老舗呉服商です。室町通に構える本店は大正8年(1919年)建造の大きな町家建築。「竹院の間」は畳敷きの広間に格子窓と縁側が続く、「京都らしい空間」の王道です。

入った瞬間に感じる、古い木材と畳の落ち着いた匂い。自然光が格子越しにやわらかく差し込んでいて、足音も静まり返っている。そこに、アフリカン・プリントの原色が広がっている。

対比は、説明するより先に目が受け取ります。

染め物の文化を数百年単位で積み重ねてきた場所に、ケニアの色彩が飛び込んでくる。和服の帯と同様に、アフリカのアンカラ布も「纏う人を美しく見せるための布」であることが、この空間の中でじわりと浮かび上がってきました。

異なる「布の文化」が同じ広間で共存するとき、「布は国境を越えて人を包む」という当たり前で深遠な事実に気づかされます。伝統建築という文脈が、作品の色彩をさらに鮮明に引き立て、問いかけをより鋭くしていました。会場選定の妙、という言葉が何度も頭に浮かびました。

2会場目|出町桝形商店街

午後3時ごろ、続いて向かったのは出町桝形商店街です。

出町柳エリアにある全長164mのアーケード商店街で、44店舗が並ぶ「京都の日常」そのものです。大正13年(1924年)頃に市場として始まり、地元の人々の台所として長く愛されてきた場所。アニメ「たまこまーけっと」の「うさぎ山商店街」のモデルとしても知られています。

八百屋の野菜の匂い、豆腐屋の冷気、惣菜屋のソース。買い物カゴを持ったご近所の方、自転車で走り抜ける学生。観光地化された京都ではなく、「そこに暮らす人たちの京都」が息づいているアーケードです。

そこに、タンディウェ・ムリウの作品が掛かっています。

アフリカン・プリントの洪水。女性たちが布の中に消えていく肖像写真。商店街の蛍光灯と生鮮食品の香りのなかに、ナイロビの鮮烈な色彩が混在している。

「異様なマッチング」という言葉が浮かびました。でも、その「異様さ」こそがこの会場の本質です。

アートは白い壁の中だけにあるものではない。日常の空間に置かれることで、作品は別の命を持ちます。商店街を行き交う人たちが立ち止まって作品を眺めるとき、その「日常との衝突」が生み出す空気は、美術館では絶対に得られないものでした。

2会場をめぐることで見えてくるもの

誉田屋源兵衛は「伝統と洗練」の場所です。出町桝形商店街は「生活と日常」の場所です。

この2会場を順番に体験することで、タンディウェ・ムリウの作品が「どんな文脈の中でも成立する力を持っている」ことが体感として伝わってきました。

それが、KYOTOGRAPHIE 2026のテーマ「EDGE」と深く響き合います。異なる文化が接触する瞬間の緊張と発見。境界の上に立ち続けること。ムリウの作品は、どの会場に置かれても「異物」であり続けながら、同時に「その場と対話」し続けます。

1会場だけでは伝わらない。2会場をめぐることではじめて見えてくる意図が、この展示には確かにありました。2026年のKYOTOGRAPHIEで、最も「設計の意図」を強く感じた展示のひとつです。

KYOTOGRAPHIEを3年訪れて感じること

3年連続で訪れて、毎回強く感じることがあります。KYOTOGRAPHIEの本質は「写真を体験させる文脈の設計」にある、ということです。

どの会場で、誰の作品を、どう見せるか。白い壁のギャラリーではなく、町家や商店街や神社仏閣という「文脈を持った空間」に作品を置くことで、写真の意味は何倍にも広がります。

2026年の「EDGE」というテーマのもと、タンディウェ・ムリウの2会場展開はその設計の醍醐味を余すことなく見せてくれました。

なお、この日は誉田屋源兵衛の別棟「黒蔵」ではFEDERICO ESTOLの展示(午後1時ごろ訪問)も鑑賞しており、同じ建物の中に2つの異なる空気が共存するという贅沢な体験もできました。

アートを「見に行く」のではなく、「体験しに行く」ために京都に来る。それがKYOTOGRAPHIEです。

基本情報

項目内容
写真祭名KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026
テーマEDGE
開催期間2026年4月18日〜5月17日
アーティストTHANDIWE MURIU(タンディウェ・ムリウ)
1会場目誉田屋源兵衛 竹院の間(京都市中京区室町通)
2会場目出町桝形商店街(京都市上京区)
訪問日時2026年4月19日 12時ごろ(1会場目)/ 15時ごろ(2会場目)
公式サイトKYOTOGRAPHIE 公式

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