色彩豊かな異文化の旅:松山智一展「FIRST LAST」
桜が散る4月下旬、東京・麻布台ヒルズギャラリーで開催中の松山智一展「FIRST LAST」を訪れました。ニューヨークを拠点に活動する松山にとって、日本初の大規模個展となる本展には、約40点の多彩な作品が集結し、7つの章立て(屋外展示も含む)で構成されています。会場に足を踏み入れた瞬間から、全身を包み込むような鮮烈な色彩と圧倒的なスケールの世界に圧倒されました。日本とアメリカ、中国など東西のモチーフが入り混じり、ポップな日用品から宗教画まであらゆる要素が混在する松山ワールドは、まさに異文化の万華鏡のよう。以下では各章の見どころを順にたどり、その魅力を紹介します。





第1章 ホームカミング・デイ
この章では、松山のキャリアにおける重要な転機となった大作《We Met Thru Match.com》(2016年)が迎えてくれます。横6メートルを超えるスケールの本作は、藤、梅、牡丹といった日本的植物、東洋風の鳥、そして幻想的なジャングル風景と人物像が混在し、絵巻のような視覚世界を展開しています。タイトルが示すように、インターネット時代の出会いとつながりをテーマにした本作は、文化的アイデンティティの交差点を象徴する作品であり、松山の作風を語る上で欠かせない一枚です。







第2章 フィクショナル・ランドスケープ
2016年から続く「Fictional Landscape」シリーズが展開されるこの章では、都市風景、歴史的人物、現代の風俗、さらには空想的な自然が1枚の画面に凝縮されています。絵巻や曼荼羅のような構図に、江戸の町並みや現代のカフェ、グローバルな都市空間が重層的に描かれ、時空を超えたイメージの融合がなされています。見る者はキャンバス内を視線で彷徨いながら、まるで自らが“架空の旅”をしているかのような感覚に浸ることができます。
















第3章 ブロークン・カレイドスコープ
花柄の壁紙で覆われた空間に足を踏み入れると、東洋から欧米へ輸出された磁器人形が巨大彫刻として迫ってきます。松山がebayで実際に収集した19〜20世紀の磁器人形をモチーフに、天井から吊るされたり、床や壁から突き出すかたちで展示されており、その異様さと可愛らしさが同居した空間は圧巻。まるでアリスが迷い込んだ別世界のように、鑑賞者自身も作品の一部になったかのような錯覚を覚える、没入型のインスタレーションとなっています。




第4章 パン・アム・スピリチュアリティ
本章では、千羽鶴の折り紙にインスパイアされた抽象的な絵画と、ステンレスの鏡面彫刻が共演。特に印象的なのが、松山の代表作ともいえる《Dancer》。人の動きではなく“動きそのもの”を写し取ったようなフォルムは、観る者自身が映り込むことで作品と一体化し、空間と身体、視覚と感覚が交錯する特異な体験を提供します。静謐さのなかに精神性と儀式性が漂う、他の章とは異なる空気感に満ちています。









第5章 ファーストラスト
展覧会名を冠したこの章では、宗教絵画と現代の消費文化を融合させた最新作群が並びます。特に《Passage Immortalitas》では、キリスト教的な構図に、ハローキティやポテトチップスのパッケージが登場。さらに《We the People》では、スーパーの陳列棚に囲まれた現代人の姿が、ダヴィッドの歴史画を引用しながら再構成されています。日常と歴史、信仰と資本主義が入り混じるこの章は、現代社会に対する松山の批評性と再解釈の力を存分に感じられる空間です。














第6章 ペインティング・イン・モーション
本章は暗室で構成され、松山にとって初めての映像作品が上映される実験的なセクション。デジタルアニメーション化された松山のモチーフたちが、粒子のように浮遊しながらスクリーン内を漂います。これまで静止画として認識されていた松山の世界が、時間の中で動き、呼吸し、変化していく様子は、彼の創作領域の新たな地平を感じさせました。映像が生み出すリズムと色彩が、絵画と映像の境界を軽やかに超えていきます。




第7章 トリビュート+コラボレーション
松山の創作の中核にある「サンプリングと再構成」の精神が前面に出た章です。うまい棒とのコラボレーション《げんだいびじゅつ味》は、アートと大衆文化の垣根を取り払う挑戦的な作品。また、BE@RBRICKとの限定フィギュアや、アパレルブランドとの協業作品など、ジャンルを超えたコラボレーションが展開されており、現代アートにおける「遊び」と「市場性」を問い直す意義ある展示でもあります。松山の創作が美術館にとどまらず、日常や街にまで拡張していく過程がここに表れています。


















屋外展示
ギャラリーの外、麻布台ヒルズ中央広場にも松山の作品が3点展示されています。《Double Jeopardy!》は、鹿の角と車輪をモチーフにした鏡面彫刻で、自然と人工、神話と日常の融合を体現しています。また《All is Well Blue》は、能登半島地震の被災地支援を想起させる避難シェルター型の構造物であり、内部には千羽鶴を模した抽象画が飾られています。作品が都市の中に開かれていることの意義を、強く実感させられる屋外展示です。


まとめ
松山智一展「FIRST LAST」は、東西の文化、過去と未来、宗教と大衆性、静と動といった無数の対立軸を軽やかに乗り越えながら、それらを新たな美のかたちとして再統合する壮大な試みでした。章ごとの明確な構成と、作品間の豊かな連関性によって、観る者は一つの旅を終えたような充実感と高揚感を得られます。アートが社会や個人にどう作用しうるのか、その問いへの一つの回答として、本展は強く記憶に残る体験となりました。


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