志賀海神社を参拝してきた|「龍の都」で感じた海神のパワーと絶景【福岡・志賀島】
2026年3月14日の午前中、福岡市東区の志賀島にある志賀海神社を訪れました。
この日は朝から風が強く、空はどんよりとした曇り。正直なところ「今日は景色が期待できないかもな」と思いながら車を走らせていました。ところが、志賀島に渡り神社の駐車場に着いた頃には、さっきまでの曇り空が嘘のように晴れ渡っていたんです。青空の下、木々の間から差し込む光がなんとも清々しくて、「歓迎されているのかもしれない」と少し嬉しくなりました。
志賀海神社は「海神の総本社」「龍の都」と古くから称えられてきた、海の神様の頂点に立つ神社です。高台に鎮座しているので、境内からは玄界灘を一望できます。この日は風に洗われた空気が澄んでいて、海の青さがひときわ鮮やかでした。
この記事では、実際に参拝して感じたことや境内の見どころ、歴史的な背景、アクセス情報などをまとめています。福岡でパワースポットを探している方や、志賀島を訪れる予定のある方の参考になれば嬉しいです。



志賀海神社とは?「海神の総本社」「龍の都」と呼ばれる海の聖地
志賀海神社(しかうみじんじゃ)は、福岡市東区の志賀島に鎮座する神社です。古来より「海神の総本社」として全国の海の神様を束ねる存在とされ、「龍の都」という格式高い別称でも知られています。
博多湾の総鎮守として、海上交通の安全や豊漁を祈る人々に信仰されてきました。延喜式にも記載されている式内社(名神大社)で、旧社格は官幣小社。現在は神社本庁の別表神社に列しています。
志賀島といえば、教科書で見た「漢委奴国王」の金印が発見された場所としても有名ですよね。そんな歴史の舞台に、この古社は悠久の時を超えて静かに佇んでいます。


御祭神は海を司る綿津見三神
志賀海神社の御祭神は、海の底、中、表をそれぞれ司る三柱の神様です。
| 御祭神 | 読み | 司る領域 |
|---|---|---|
| 底津綿津見神 | そこつわたつみのかみ | 海の底 |
| 仲津綿津見神 | なかつわたつみのかみ | 海の中 |
| 表津綿津見神 | うわつわたつみのかみ | 海の表 |
この綿津見三神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻り、禊祓(みそぎはらい)をされた際に生まれた神様とされています。海に潜ったときに底津綿津見神が、中ほどにいたときに仲津綿津見神が、水面に出たときに表津綿津見神がご出現されたと伝わっています。
また、相殿には神功皇后、玉依姫命、応神天皇が祀られています。神功皇后は三韓出兵の際に志賀島の阿曇磯良(あづみのいそら)を召し、龍神から干珠満珠を授かったという伝説が残っています。

古代海洋民族「安曇族」と志賀海神社の深い関わり
志賀海神社の歴史を語るうえで欠かせないのが、古代の海洋民族「安曇族(あづみぞく)」の存在です。
安曇族は志賀島を拠点に玄界灘を渡り、大陸との交易を行っていた海人集団でした。綿津見三神を祖神として奉斎し、海上を支配する力を持っていたとされています。現在も志賀海神社の宮司家は安曇族の末裔を称しており、1800年以上にわたる血脈が続いているといわれます。
面白いのは、安曇族の足跡が日本各地の地名に残っていること。愛知県の渥美半島、長野県の安曇野、滋賀県の安曇川など、「あつみ」「あづみ」と読む地名の多くは、この安曇族が移り住んだ場所だとされています。志賀島から始まった海の民のネットワークが、日本列島の内陸部にまで広がっていたと思うと、壮大なロマンを感じます。
神社でいただいた由緒書きにも、万葉集に志賀島の歌が詠まれていることや、志賀島全域が神域とされていることが記されていました。この島そのものが、海の神様に守られた特別な場所なのだと実感しました。


2026年3月、志賀海神社を訪れた日のこと
強風と曇り空から一転、神社に着くと晴れ渡った空
冒頭でも触れましたが、この日の朝はかなりの強風でした。3月中旬の福岡、季節の変わり目で天気が安定しない時期です。曇り空の下、海の中道を通って志賀島へ向かいました。
ところが、志賀島に入って神社の近くまで来ると、いつの間にか雲が切れて青空が広がっていたんです。風も少し穏やかになり、車の窓を開けると潮混じりの澄んだ空気が入ってきて、思わず深呼吸したくなるような気持ちよさでした。
「たまたまだろう」と思いつつも、こういう体験をすると、やっぱりどこか「呼ばれたのかな」と思ってしまいますよね。パワースポットを巡っていると、天気が急に変わる体験をされる方は意外と多いようです。

御潮井で身を清めてから石段を上る
志賀海神社では、参拝前に「御潮井(おしおい)」と呼ばれる清めの砂で身を清める風習があります。鳥居の手前に置かれた砂の入った器から砂を取り、左、右、左と体に振りかけてから境内に入ります。
一般的な神社の手水舎とは違う、海の神社ならではの清め方。砂を振りかけた瞬間、なんだか気持ちがシャンと引き締まるような感覚がありました。「これから神様の領域に入るんだ」という意識が自然と芽生えます。
石段を上っていくと、木々のトンネルのような参道が続いています。耳を澄ませると、遠くから寄せては返す波の音が聞こえてくる。その合間に、どこかで鳥が鳴いている声も。途中で振り返ると、木々の隙間から海がちらりと見える。この「登っていく感じ」が、日常から聖域へと切り替わっていくようで、とても心地よかったです。

境内の見どころ
高台から見渡す玄界灘の絶景
志賀海神社が高台に鎮座しているからこそ味わえるのが、境内からの眺望です。参拝を終えて振り返ったときに目に飛び込んでくる玄界灘のパノラマは、思わず立ち止まってしまうほどの美しさでした。
この日は風が強かった分、空気が澄みきっていて遠くまで見渡せました。海の青と空の青がつながって、まるで世界の果てまで続いているように見える。耳に届くのは波の音と、時おり頭上を横切る鳥の声だけ。余計なものが何もない、静かで贅沢な時間でした。
時間があれば、しばらく境内のベンチに座ってこの景色を眺めていたいところ。晴れた日の午前中は逆光になりにくく、海がきれいに見えるのでおすすめです。


1万本以上の鹿の角が納められた「鹿角堂」
境内で特に印象に残ったのが、「鹿角堂(ろっかくどう)」です。その名の通り、鹿の角が大量に奉納されている建物で、その数なんと1万本以上。
なぜ海の神社に鹿の角?と不思議に思いますよね。その起源は神功皇后の三韓出兵にまで遡ります。皇后が対馬で鹿狩りを行い、その角を志賀海神社に奉納したことが始まりとされています。その後、戦国武将たちも神護を受けるために鹿の角を奉納し続け、加賀藩からの奉納記録も残っているほど。この風習は第二次世界大戦直前まで続いていたそうです。
実際に目の前で見ると、積み重なった鹿の角の迫力に圧倒されます。何百年もの祈りが凝縮された空間は、独特の荘厳さがありました。

楼門と社殿
志賀海神社の社殿は、1600年に黒田長政によって造営されたと伝わっています。戦国時代から江戸時代にかけて、筑前国の領主たちに篤く崇敬されてきた歴史を感じさせる佇まいです。
楼門をくぐると、海の神様にふさわしい凛とした空気が満ちています。派手さはないけれど、長い歴史の重みと品格が伝わってくる社殿でした。

志賀海神社の御神徳とご利益
神社でいただいた資料によると、志賀海神社の御神徳は以下の通りです。
- 災厄祓除(さいやくばつじょ)
- 病気平癒
- 健康長寿
- 子供の成長、子供守護
- 家内安全
- 交通安全
- 海上安全
綿津見三神が禊祓の神であることから、厄除けや浄化のご利益が特に強いとされています。「心身を清めたい」「新しいスタートを切りたい」というタイミングで訪れるのにぴったりの神社だと感じました。
また、海の神様ということで、海に関わる仕事をされている方はもちろん、旅行や出張が多い方の交通安全祈願にもご利益があるとされています。

御朱印とお守り情報
今回の参拝では、御朱印もいただいてきました。社務所は境内にあり、参拝後にそのまま立ち寄れます。
「龍の都」の印が押された御朱印は、志賀海神社ならではの特別感があります。実際に手にすると、この場所に来た記念がぐっと形になる感じがして嬉しかったです。御朱印帳を持参するのを忘れずに。
お守りは海上安全や交通安全のほか、災厄除けのお守りなどが揃っています。海の神社らしいデザインのものが多く、お土産にもおすすめです。
志賀海神社の基本情報とアクセス
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 志賀海神社(しかうみじんじゃ) |
| 別称 | 海神の総本社、龍の都 |
| 所在地 | 〒811-0323 福岡市東区志賀島877 |
| 電話番号 | 092-603-6501 |
| 御祭神 | 底津綿津見神、仲津綿津見神、表津綿津見神 |
| 相殿 | 神功皇后、玉依姫命、応神天皇 |
| 社格 | 式内社(名神大社)、旧官幣小社、別表神社 |
| 御神徳 | 災厄祓除、病気平癒、子供守護、交通安全、海上安全 |
| 例大祭 | 毎年10月 第2月曜日 午前9時 |
| 駐車場 | あり |
アクセス方法
志賀島へは「海の中道」と呼ばれる砂州でつながった道路で行くことができます。
車の場合は、福岡都市高速の香椎浜ランプから海の中道方面へ約30分。駐車場は神社のすぐ近くにあります。
公共交通機関の場合は、JR香椎線で西戸崎駅まで行き、そこからバスで志賀島方面へ。ただし本数が限られているので、時間に余裕を持った計画がおすすめです。
個人的には車でのアクセスが断然便利だと感じました。海の中道を通るドライブ自体が気持ちよく、志賀島に渡る前から旅気分を味わえます。

あわせて訪れたい:金印公園
志賀海神社とセットで立ち寄りたいのが、志賀島にある「金印公園」です。今回の参拝でも帰りに寄りました。
ここは1784年に「漢委奴国王」と刻まれた金印が発見されたとされる場所。公園内には金印のレプリカモニュメントがあり、博多湾を見渡せる展望スポットにもなっています。
志賀海神社での参拝が15〜30分ほどなので、金印公園と合わせても午前中で十分回れます。志賀島まで来たなら、古代の歴史ロマンを二重に味わえるこのコースがおすすめです。


まとめ
志賀海神社は、福岡市内からアクセスしやすいにもかかわらず、「海の聖地」と呼ぶにふさわしい別格の空気感がある場所でした。
曇り空が晴れるという小さな奇跡、御潮井で身を清める独特の作法、高台から見渡す玄界灘の絶景、1万本を超える鹿の角の迫力。どれも他の神社では味わえない、志賀海神社ならではの体験です。
1800年以上前から安曇族が守り継いできた海の神様の聖地。万葉集にも詠まれた志賀島のこの場所には、古代から変わらない海のエネルギーが満ちていました。福岡を訪れる機会があれば、ぜひ足を延ばしてみてください。

この記事へのコメントはありません。