人間性が交差する場所──TIME’Sで出会う、マーティン・パーと吉田多麻希の写真世界
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025|HUMANITY
はじめに|桜が彩る春の高瀬川、写真と建築が語り合う空間へ
4月中旬、京都・三条の高瀬川沿いでは桜が満開を迎え、川面を覆うように咲き誇る花々が、通りをやさしく包み込んでいました。そのほとりに佇むコンクリート打ちっぱなしの建築──TIME’S。
1984年に建築家・安藤忠雄の設計によって生まれたこの空間は、自然光と影のコントラストが美しく、静謐な時間が流れています。
そんなTIME’Sを舞台に、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025では、まったく異なる視点を持つ2人の写真家──マーティン・パーと吉田多麻希──の展示が共演しています。
満開の桜と対照的に、静けさを湛えた室内空間。視線が交わり、問いが芽吹く場所が、そこにはありました。


マーティン・パー「Small World」
──観光という日常を笑いと共に見つめる鏡
英国の写真家マーティン・パーは、消費文化や観光に対する皮肉をユーモアたっぷりに描くことで知られています。本展では、代表作「Small World」と、2024年に京都で撮影された最新シリーズが展示されています。
観光地で写真を撮り合う人々、土産を囲む群衆、桜の下で自撮り棒を構える外国人旅行者──そんな私たちにとって見慣れた光景が、パーの手にかかると、なぜか“自分ごと”として立ち上がってきます。
極彩色に塗られた写真群は、一見すると愉快。しかし、私たちが無意識に演じている“観光客”というロールプレイを、静かに暴いていきます。




















吉田多麻希「土を継ぐ – Echoes from the Soil」
──自然と私たちをつなぐ、静謐なまなざし
TIME’Sの奥へと進むと、吉田多麻希の作品世界が広がります。彼女は、2024年にフランス・シャンパーニュ地方での滞在制作を経て、Ruinart Japan Awardを受賞。本展ではその成果を含む「土を継ぐ – Echoes from the Soil」シリーズを展示しています。
家庭排水や土地の浸食、動物たちの領域との衝突──人間と自然との関係を、鋭くもやわらかな視線で見つめた写真たち。それは、問題提起というよりも、「耳を澄ませば聴こえる」自然の声を映し出す、詩的なドキュメントです。
映像と音のインスタレーションが加わることで、展示空間はまるで「土の記憶」を辿る旅路のよう。コンクリートの無機質な壁面に映る彼女の作品が、自然への問いを私たちに返してきます。


















共鳴する空間|安藤建築の中で対話する写真たち
興味深いのは、これらの対照的な作品群がひとつの建築空間で共鳴しているという点です。
マーティン・パーの華やかで鋭い社会観察。吉田多麻希の静かで深い自然へのまなざし。それぞれが建築の光と影、空気の流れの中で、“語り合う”ように展示されています。
安藤忠雄建築特有のミニマルで静寂な空間は、両者の作品に干渉することなく、それぞれの視点に余白を与えてくれます。そして観る者が、自らの「人間性」をそっと照らし返す、鏡のような存在になっているのです。


まとめ|満開の桜の向こうに見えた「私たちの姿」
春爛漫の高瀬川沿い。外に広がる桜の景色と、建物内に静かに響く写真たち。京都という場所が持つ“重層的な美”を、これほど強く感じた瞬間はありませんでした。
マーティン・パーの鮮やかな観察眼とユーモア。吉田多麻希の繊細で詩的な視線。そして、それを受け止める建築としてのTIME’S。
この3者の共鳴が、観る者に「人間とは何か」という問いを自然と投げかけてきます。
ただ綺麗なものを観るだけではない。笑いながら考え、黙って耳を澄ます。そんな時間が過ごせる展示です。

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