直島③|瀬戸内国際芸術祭2025 第5回:ANDO MUSEUMと直島新美術館、安藤忠雄が刻む未来への道
はじめに
2025年8月16日。直島滞在二日目、私は安藤忠雄建築をめぐる時間を過ごしました。
古民家の中に現れる打放しコンクリートの空間《ANDO MUSEUM》。そして、今年5月に開館したばかりの《直島新美術館》。瀬戸内国際芸術祭とともに歩んできた直島の歴史に、またひとつ新たな節目が刻まれた瞬間を体感しました。
本記事はシリーズ第5回。直島における安藤忠雄の存在を軸に、その建築とアートをめぐります。




会場全体の印象
本村の路地にひっそりと佇む《ANDO MUSEUM》と、96段の階段を上った先に現れる堂々たる《直島新美術館》。小規模な古民家改修と大規模な新施設という対照的なスケールの建築を同日に巡ったことで、安藤の思想が「過去から未来へ」連続していることを強く感じました。



各作品紹介と体験
《ANDO MUSEUM》(安藤忠雄)
2013年開館。築約100年の木造民家を改修し、内部に安藤忠雄の象徴である打放しコンクリートの空間を挿入した建物です。外観は直島の町並みに溶け込み、扉を開けると一転して現代建築が姿を現します。
内部には直島の歴史や文化を紹介する展示に加え、安藤が直島や他地域で手掛けた建築模型や資料が並びます。小さな空間に「伝統と現代」「記憶と未来」が同居し、直島における安藤建築の思想的な出発点を象徴する場となっています。
感想:古民家の素朴な外観から一歩足を踏み入れた瞬間、時代が裂けるように異質なコンクリートの世界が広がりました。過去の暮らしと未来のビジョンが一つの家に同居している感覚に圧倒されました。














《直島新美術館》(安藤忠雄)
建築概要
2025年5月31日開館。直島に10番目に誕生した安藤忠雄建築で、初めて「直島」の名を冠した美術館です。場所は本村地区近くの高台。入口から96段の階段を登ると、丘の稜線に沿って伸びる大屋根を持つコンクリート建築が姿を現します。
外壁は黒漆喰と石積みで仕上げられ、周囲の景観に溶け込むよう設計されています。内部はトップライトから自然光が差し込む大階段を中心に4つのギャラリーを配し、建築そのものが「光と時間を体感する空間」となっています。
安藤は「2〜3年で森に囲まれる美術館になる」と語り、自然と建築が融和する未来を示しました。




開館記念展「原点から未来へ」
アジア各地から12組の作家が参加し、地下2階・地上1階のギャラリー、カフェ、屋外空間を用いた大規模展示が行われています。
- ギャラリー1
- パナパン・ヨドマニー(タイ):巨大な壁画・彫刻インスタレーション《アフターマス》(2016/25)、第11回ベネッセ賞受賞作を拡張展示。
- ヘリ・ドノ(インドネシア):10枚組絵画《ヘリ・ドノ論の冒険旅行》(2014)、さらにグループ「インディゲリラ」との合作《人類の自覚:中心への旅》(2024-25)。
- マルタ・アティエンサ(フィリピン):映像作品《ティグパナリポッド(守護者たち)》(2022)。






- ギャラリー2
- ソ・ドホ(韓国):代表作「Hub」シリーズ最大規模の新作《Hub/s 直島、ソウル、ニューヨーク、ホーシャム、ロンドン、ベルリン》(2025)。直島の民家を追加し、鑑賞者が布の廊下を歩くことで記憶を呼び覚ます体験を促す。




- ギャラリー3
- Chim↑Pom from Smappa!Group:コンテナ型作品《スウィートボックス(輸送中の道)》(2024-)。東京の廃材を層状に積み上げ、鑑賞者は内部に入り時間の痕跡を体感。
- 村上隆:新作《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(2023-25)。17世紀国宝の洛中洛外図を引用し、京都の風景を現代に再構築。解説映像も展示され、美術史的な対話が加わる。
- 会田誠:新作《MONUMENT FOR NOTHING ー赤い鳥居》。歪んだ鳥居と無数の球体に日本社会の象徴的イメージを凝縮。批評性とユーモアを併せ持つ大作。







- ギャラリー4
- 蔡國強(中国):代表作《ヘッド・オン》(2006)。99体のオオカミがガラス壁に突進する迫力のあるインスタレーション。壁はベルリンの壁と同じ高さに設定され、対立と希望を象徴。






- その他の展示
- 下道基行+ジェフリー・リム:エントランスに直島町民の家族写真を展示。
- N.S.ハルシャ(インド):カフェ「&CAFE」に新作《幸せな結婚生活》(2025)。
- サニタス・プラディッタスニー(タイ):屋外に瞑想型インスタレーション(進行中、2026年完成予定)。


体験と感想
ソ・ドホの布の廊下を歩いたとき、自分自身の家の玄関や過去の風景が脳裏に蘇り、記憶と場所の重なりを体感しました。
蔡國強《ヘッド・オン》では、突進するオオカミたちに囲まれる瞬間、自分も「歴史の壁」に挑む一匹の存在になったかのようで、強烈な衝撃を受けました。
そして村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》の前では、日本美術史の伝統と現代の再解釈が直島の新しい美術館に収まっていることに感慨を覚えました。
感想:新美術館は単なる展示空間ではなく、「アジアの声を直島から発信する場」として誕生したのだと実感しました。安藤建築の重厚さと多様なアートの熱気が共鳴し、直島の未来を大きく切り拓く拠点になる予感がしました。




巡って感じたこと
小さな古民家の中で直島の原点を見せてくれる《ANDO MUSEUM》。そして壮大な建築の中で未来への可能性を示す《直島新美術館》。両者は対照的でありながら、安藤忠雄の哲学によって一本の線で結ばれていました。直島の過去・現在・未来を一日で体感したことは、芸術祭の旅の中でも特に記憶に残る体験となりました。


まとめ
直島③は、安藤忠雄が刻んできた軌跡と未来を象徴する二つの建築を巡りました。《ANDO MUSEUM》が示す「原点」、そして《直島新美術館》が示す「未来」。その両方を歩くことで、直島がこれからどのようにアートの島として進化していくのかを強く感じました。
次回、直島④では、《ベネッセハウス ミュージアム》《李禹煥美術館》《地中美術館》《ヴァレーギャラリー》を巡り、安藤建築の集大成を体験します。どうぞご期待ください。
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