廃墟と空間が一体になった瞬間。KYOTOGRAPHIE 2026、マルシャン&メフルの展示が圧倒的だった話
2026年4月19日、日曜日の午前11時ごろ。KYOTOGRAPHIE 2026が開幕してちょうど2日目の朝です。
重信会館に入った瞬間、まず「静かさ」がありました。1930年竣工の建物特有の、時間が少し止まったような静けさ。古い空気と石と木が混ざり合ったような空気感。その静寂の中に、廃墟の写真が並んでいました。
会場を出るころには多くのシャッターを切っていて、時計を見ると60分が経っていました。それでも、まだもう少しいたかった。そう思わせる展示は、そう多くありません。今年のKYOTOGRAPHIEで、私が一番印象に残った場所の話をします。
この展示をひと言で言うなら、「写真と空間が完全に一体化していた体験」です。廃墟を撮り続けてきた写真家デュオの作品が、歴史的建造物である重信会館の空間に溶け込み、観る者を静かに圧倒する。60分間、会場全体にずっとのまれていた、という感覚が一番近いです。
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KYOTOGRAPHIE 2026とは。3年連続で通い続ける理由
KYOTOGRAPHIEは、京都を舞台に毎年開催される国際写真祭です。歴史的建造物や町家、美術館など、京都ならではの空間を会場にして、世界各国の写真家の作品が展示されます。今年で14回目を迎え、2026年のテーマは「EDGE(淵、境界)」。8カ国13名のアーティストが参加しています。
私は2024年から3年連続でこのフェスティバルに通っていて、今年が3年目です。毎年来るたびに「また来てよかった」と思うのですが、今年はその気持ちが特に強かった。
今回の旅は4月18日と19日の2日間で、13アーティストの会場を巡る計画を立てました。この記事は訪問記シリーズ全10本のうちの2本目です。1本目は京都市京セラ美術館で開催された森山大道「A Retrospective」について書きました。その興奮のままに向かったのが、重信会館でのマルシャン&メフルの展示でした。
※内部リンク候補:1本目・森山大道「A Retrospective」レポート記事
イヴ・マルシャン&ロマン・メフルというデュオについて
イヴ・マルシャン(1981年生まれ)とロマン・メフル(1987年生まれ)は、ともにパリ郊外出身のフランス人写真家デュオです。正式な写真教育を受けることなく独学でキャリアをスタートし、2002年にオンラインで出会い、2005年からデトロイトでの撮影プロジェクトをきっかけに本格的な共同制作を始めました。
彼らを世界に知らしめたのは、2010年に出版された写真集「The Ruins of Detroit」です。かつてアメリカ自動車産業の中心地として繁栄し、衰退したデトロイトの廃墟を5年かけて撮影した大作で、2009年にはTime誌の表紙を飾り、一躍国際的な注目を集めました。
その後も廃劇場を追い続けたシリーズ「Theaters」(2005年〜)、長崎沖の廃島・軍艦島を収めた写真集(2013年)など、近代化の果てに取り残された建築の記録を積み重ねています。単なる廃墟への興味ではなく、繁栄と衰退、記憶と消滅という大きなテーマを、静かで精緻な写真で問い続けているデュオです。
今回のKYOTOGRAPHIE 2026での展示タイトルは「Les Ruines de Kyoto」。1871年のパリ・コミューン後に撮影された写真アルバム「Les Ruines de Paris」から題名を受け継いでいます。




会場「重信会館」が、展示と完璧に合っていた
重信会館は1930年(昭和5年)に竣工したアール・デコ様式の建物です。蔦が絡まる外壁が印象的で、京都のモダン建築として知られています。東本願寺の東側に位置し、大谷大学の学生寮として長く使われてきた歴史を持っています。
訪れてすぐに思ったのは、「この建物自体が、すでに展示の一部だ」ということです。
廃墟写真を専門とする写真家が、ある種の「時間の止まったような空気」を持つ歴史的建造物で展示をする。言葉にすれば単純なことですが、実際に体験すると、写真と空間が完全に一体化しているような感覚がありました。展示を「観る」というより、ひとつの世界に「入り込む」という感じ。この一体感こそが、60分その場から離れられなかった理由だと思っています。
建物の中は、古い空気がありました。石と木と時間が積み重なったような、あの独特の静けさ。廃墟写真の前に立つとき、その静寂がさらに深くなるような感覚がありました。音楽もナレーションもなく、写真と自分だけがそこにある時間。
そして、窓から差し込む光が写真に重なる瞬間がありました。建物の古い窓から入ってくる自然光が、廃墟の写真の表面に落ちる。その重なりは狙ったものではないはずなのに、まるで演出のようでした。
1階のシアタールームに圧倒される
1階には、アール・デコ様式のシアタールームがあります。ここでは、廃劇場を撮り続けたシリーズ「Theaters」(2005〜2021年)が投影されていました。音楽家ヤニック・パジェによるサウンドデザインが加わり、映像と音響が重なり合う没入空間になっています。
かつて賑わいを持ち、いまは静寂に包まれた世界中の廃劇場の映像が、アール・デコの劇場空間の中で流れていく。二重の「劇場」が重なり合うその構造に、思わず息をのみました。会場を選んだ人たちの仕事が、ここでも光っていました。

地下・2階・3階、それぞれの空間で
地下には軍艦島のシリーズが展示されています。島ごと廃墟となった軍艦島の写真が、薄暗い地下空間に並ぶ光景は、静かな圧迫感がありました。重さのある写真なのに、目が離せない。それがこのデュオの力だと思います。
2階と3階には代表作が数多く展示されており、デトロイトから軍艦島、世界各地の廃墟まで、彼らのキャリア全体をたどるような構成になっていました。これだけの作品群を一度に体験できる機会は、なかなかありません。



























AIで廃墟化された「京都」という新作が衝撃だった
今回の展示でとりわけ印象に残ったのが、新作「Les Ruines de Kyoto」(2025年)です。
生成AIを使い、現在の京都を廃墟として想像した作品群。崩れゆく町家、蔦に覆われた寺院、儀式の消えた静寂。いまも存在している場所を、数百年後に廃墟となった姿として映し出しています。
その作品の前で、しばらく動けませんでした。見ているのは、知っている京都の景色のはずです。でも、そこに映っているのは、すでに誰もいなくなった京都でした。知っている場所が廃墟として目の前に現れるとき、脳の中で何かが揺らぐような感覚がありました。
彼らが長年にわたってリアルに記録してきた廃墟の写真と、AIによって生成された「まだ存在しない廃墟」が、同じ空間に並んでいます。「廃墟とは何か」「残るとはどういうことか」という問いが、説明なしに浮かんでくる展示でした。
廃墟写真の文脈でAIを使うというアプローチは、単なる技術的な実験には見えませんでした。20年以上かけて積み上げてきたテーマ「近代化の果てに残るもの」を、まったく別の角度から問い直す試みとして、とても誠実に感じました。







たっぷり見続け、60分。それでもまだいたかった
気づいたら60分が経っていました。撮影枚数は100枚近く。これは今回の2日間13会場の中で、ダントツの数字です。
会場全体にずっとのまれていた、というのが正直な感想です。写真を観に来たのか、建物を体験しに来たのか、その境界線がいつの間にかなくなっていくような感覚でした。重信会館という場所が持つ時間の重さと、廃墟を撮り続けてきた写真家の視線が、同じ方向を向いていた。その一致がこの展示を、単なる「いい展示」を超えたものにしていたと思います。
KYOTOGRAPHIEに3年通い続けて、毎年「また来てよかった」と思うのですが、2026年はマルシャン&メフルの展示がその理由になりました。会期は2026年5月17日まで。まだ行ける方には、ぜひ重信会館に足を運んでみてほしいです。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| フェスティバル | KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026 |
| テーマ | EDGE(淵、境界) |
| 会期 | 2026年4月18日(土)〜5月17日(日) |
| アーティスト | YVES MARCHAND & ROMAIN MEFFRE |
| 会場 | 重信会館(京都) |
| 公式サイト | KYOTOGRAPHIE 公式 |
※チケット料金・アクセス・開館時間など詳細は公式サイトでご確認ください。

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