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2026年4月18日、正午ごろ。

KYOTOGRAPHIEの開幕初日、京都市京セラ美術館に着くと、入口から南回廊への動線にはすでに人の波ができていました。お昼という時間帯にしては、明らかに多い来場者数。パスポートをかざして会場へ向かいながら、「今年のKYOTOGRAPHIEは熱量が違う」とすぐに感じました。

3年連続の訪問です。2024年、2025年、そして2026年。毎年春に京都へ来てこのフェスティバルを巡るのが、もう習慣のようになってきました。

この記事は、4月18日・19日の2日間で13のアーティスト・会場を巡ったKYOTOGRAPHIE 2026訪問記シリーズ全10本のうちの1本目。まず向かったのは、今回のフェスティバルのメイン会場のひとつ、京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階です。


KYOTOGRAPHIE 2026とは?テーマ「EDGE」が問うもの

KYOTOGRAPHIEとはどんなフェスティバルか

KYOTOGRAPHIEは2013年から毎年春に開催されている、京都国際写真祭です。京都の歴史的建築や美術館、現代的な空間を舞台に、世界中から写真家を招聘して展覧会を開くという形式が特徴で、国内外から写真ファンやアート関係者が集まります。

2026年は第14回。世界8ヶ国から13組のアーティストが参加し、開催期間は4月18日から5月17日までとなっています。

今年のテーマ「EDGE」

今年のテーマは「EDGE(エッジ)」です。英語の「edge」は、刃(やいば)であり、縁(ふち)であり、境界線でもある言葉。分断と接触が交差する場所、既知から未知へ踏み出す瞬間、緊張と転換が同時に起きる地点。そういった多義的な”縁”をめぐる問いが、今年のフェスティバル全体の底流に流れています。

写真というメディアが本来的に孕む「切り取り」という行為も、ある意味でエッジの産物です。フレームの縁で何が起きているのか。シャッターを押した瞬間の刃先に何が映っているのか。そんなことを意識しながら会場を歩くと、各展示の見え方がまた変わってきます。


森山大道とはどんな写真家か?「アレ・ブレ・ボケ」の意味

森山大道は1938年大阪生まれ。1960年代から東京のストリートを撮り続け、日本の写真史に革命をもたらした写真家です。最大の特徴は「アレ・ブレ・ボケ」と呼ばれるスタイルで、高粒子感・ブレ・ボケ足を意図的に作品に取り込んだ独自の視覚言語を確立しました。きれいに撮ることよりも、街の摩擦や瞬間の不確かさをざらついた写真で表現しようとした姿勢は、当時の写真界に大きな衝撃を与えました。現在も精力的に活動を続け、国際的な評価は今もなお高まり続けています。


森山大道「A Retrospective」── 初期から現在までの”いいところ取り”

回顧展の成り立ち

京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階で開催されているのが、森山大道「A Retrospective」です。

この展示はもともと、ブラジル・サンパウロのInstituto Moreira Sallesで好評を博した回顧展を、KYOTOGRAPHIE版として新たに再構成したもの。キュレーションはチアゴ・ノゲイラ、展示空間のセノグラフィーはおおうちおさむが担当しています。主催はKYOTOGRAPHIEとInstituto Moreira Salles、森山大道写真財団との協働のもとで実現した展示です。

明るく静かな空間に広がるダイナミックな構成

南回廊2階に足を踏み入れると、まずその空間の質に驚きます。自然光は入らず、明るい人工照明が会場全体を均一に照らしていました。静かです。開幕初日で人の数は相当なものでしたが、来場者が皆、写真の前で静かに立ち止まっていて、騒々しさがほとんどありません。森山大道の作品が持つ密度に、自然と声が小さくなるような空間でした。

展示は色分けされたセクションで構成されており、時代やテーマに沿って空間がくっきりと区切られています。色の変化が展示の”章”を視覚的に示していて、セクションが切り替わる瞬間に空気のトーンが変わる感覚があります。単に写真が並んでいるのではなく、展示全体がひとつの構成物として機能していました。

内容の面では、「いいところ取り」という言葉がそのままあてはまる構成でした。初期のストリートスナップ、伝説的な写真雑誌「Provoke」への参加、1972年に刊行された写真集「写真よさようなら」── キャリアの各時代における代表的な仕事が凝縮されて並んでいます。

3つの見せ場

展示の中で特に印象に残った場所が3つあります。

ひとつ目は、壁一面の大判プリントのコーナーです。「アレ・ブレ・ボケ」スタイルの写真が大きく引き伸ばされて壁を占拠していて、写真の粒子感が体ごと迫ってくるような感覚がありました。小さなプリントで見るのとは、まったく別の体験です。

ふたつ目は、雑誌・写真集のスライドショーコーナーです。森山大道が関わってきた写真集や雑誌のページが次々と映し出されていて、作品の背景にある「編集と発表の歴史」が見えてくる構成になっていました。写真そのものだけでなく、それが世に出た文脈まで追えるのが、回顧展ならではの面白さです。

みっつ目は、色分けされたセクションの切り替わり部分。あるセクションから次のセクションへ移る瞬間の、空間の質の変化が視覚的にも感覚的にも印象に残っています。キュレーターとセノグラファーが意図した”時代の区切り”が、歩く体で体感できる展示設計でした。

「写真よさようなら」と「Provoke」が問いかけたもの

特に引き込まれたのが、「Provoke」にまつわるセクションです。1968年に創刊されたこの写真雑誌は、「思想のための挑発的資料」という副題が示すとおり、視覚言語を通じて社会への問いを叩きつけるような姿勢を持っていました。既存の写真表現を根本から揺さぶろうとした急進的なマニフェストであり、森山大道はその中心的な担い手のひとりでした。

写真集「写真よさようなら」(1972年)は、その問いをさらに先鋭化させた作品です。写真とは何か、記録とは何か、という根本的な問いを、写真集というフォーマット自体を解体することで問い直した一冊。その緊張感が展示の空間にも漂っていました。

60分間、会場をじっくり歩いて、29枚シャッターを切りました。混んでいましたが撮影できる余裕はあって、「もう少し見ていたい」という気持ちが自然に湧いてくる展示でした。


同会場のERNEST COLEとPIETER HUGO

南回廊2階では、森山大道展と同じフロアでERNEST COLEとPIETER HUGOの展示も同時開催されています。

ERNEST COLE「House of Bondage(囚われの地)」

アーネスト・コールは、南アフリカのアパルトヘイトの実態を写真で世界に発信した黒人写真家です。1967年に出版された写真集「House of Bondage(囚われの地)」は、黒人の視点から黒人の体験を記録した最初期の作品のひとつ。組織的な人種差別のリアルが、圧倒的な密度で記録されています。

「EDGE」というテーマが、ここでは非常に具体的な意味を帯びてきます。差別と抵抗の境界線、ぎりぎりの場所で生きることの記録。コールの写真は歴史的なドキュメントでありながら、見る者に現在への問いを静かに突きつけてきます。

PIETER HUGO

ピーター・ヒューゴは1976年ヨハネスブルク生まれ、ケープタウン在住の写真家です。アフリカの周縁コミュニティを記録した作品群で国際的な評価を受け、Rencontres D’ARLESのディスカバリー賞など多数の受賞歴があります。

南アフリカにルーツを持つコールとヒューゴ、そして日本のストリートを撮り続けた森山大道。3者の展示が同じフロアに共存することで、「縁に立ち続けた写真家たち」という文脈が自然と浮かび上がってきます。個々の展示として見応えがあるのはもちろん、並置されることでさらに意味が重なる構成になっていました。


3年連続で通ってわかった、KYOTOGRAPHIEの”深まり方”

2024年に初めてKYOTOGRAPHIEを訪れたとき、とにかく圧倒されました。初日から何会場もはしごして、それでも「全部は見られなかった」という感覚で帰路についた記憶があります。

2年目の2025年は、少しだけ余裕が生まれました。会場の位置関係を体感として知っていること、パスポートの使い方に慣れていること。「知っている祭り」に来る安心感が、展示への集中力を高めてくれた気がします。

そして3年目の今年、2026年。会場を歩きながら、展示同士の対話みたいなものが少しずつ見えてきました。異なる国、異なる時代、異なる手法で「EDGE」に迫る写真家たちの、横断的なつながり。フェスティバルを複数年かけて体験することで、写真の見方そのものが少しずつ変わってきているような感覚があります。

今年のKYOTOGRAPHIEで個人的なベスト3を選ぶなら、この森山大道「A Retrospective」は間違いなくそこに入ります。展示の規模感、キュレーションの充実度、空間設計のクオリティ。どれをとっても今年のフェスティバルを代表する展示だと感じました。

初日の昼から大盛況だったのも、納得です。


基本情報

項目内容
展覧会名KYOTOGRAPHIE 2026 森山大道「A Retrospective」/ERNEST COLE/PIETER HUGO
会場京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階
開催期間2026年4月18日(土)〜5月17日(日)
開館時間10:00〜18:00(入館は17:30まで)※要確認
入場料(単館)一般1,500円 / 学生800円
パスポート(全会場共通)一般6,000円(オンライン5,800円)/ 学生3,000円
アクセス地下鉄東西線「東山」駅から徒歩約10分 / 市バス「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車すぐ ※要確認
公式サイトKYOTOGRAPHIE 公式京都市京セラ美術館

この記事はKYOTOGRAPHIE 2026訪問記シリーズの1本目です

4月18日・19日の2日間でKYOTOGRAPHIE 2026の13アーティスト・会場を巡った全10本の記録シリーズです。各記事では会場ごとの体験と感想を独立した形でまとめています。他の展示レポートもあわせてご覧ください。

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